夕刻の空の色彩を、正鵠を射た表現で以て描写するという行いは、現実的に可能なものであるのだろうか。
 ……夕刻。この言葉を用いれば、恐らく殆どの場合において、人は夕焼けのオレンジ色を想起するのだと思う。濃い紫色を縋らせて、ビルや山の向こうに消えゆく橙色を想起するのだと思う。そして闇色に棚引く雲を想起して、それを貫く死にかけの陽光を想起して、一日の終わりに想いを馳せるのだと思う。
 だが俺がここで言う「夕刻」は、燃える天体、太陽を話題の中心においたもののことでなどない。寧ろ太陽光がもはや眼も手も届かない、遥か彼方の世界に果てたその後、されど宵闇には未だ至らぬという、極めて限定された時間において、薄暗く漠然とした空に顕現する、ほんの一間の泡沫じみた景色について言及しているのである。
 青。なるほど、青だ。
 確かにその空を満たす色彩は、青に属するものである。されど「青空」の語を用いられるべき青ではない。言うなれば、闇に沈み込んだ青色。暗くあり、しかし透き通っている。薄闇に沈殿しているのにも関わらず、空恐ろしい程に透き通っている青なのだ。或いは「極限にまで水で薄めた濃紺」とでも言えばいいのかも知れないが、しかしそれは、決して夜の紺色を宿したものではないのである。あくまでも、水色をした昼の空彩の延長線上において、されど仄暗くある青なのだ。……そういうわけで、少なくとも、俺の使用可能な語彙のうちでは、かの空色を正鵠を射て表現することは叶わない。ただ一言でその内実を余さず捉える言葉を思い付けない。
 そうした形容し難い色を湛えた夕空の果たてには、夕陽の名残たる橙色がしがみ付いている。白とオレンジのあわいで澄んでいる、殆どその存在を消失させかねぬ程の透明感を持つ儚い光。……透明な青から、透明な橙に繋がっている。そのような色彩が支配する空。この空色は、天が熱を失ってから冷気に満たされ切るまでの、ほんの十分しか現出しないものである。佇む家々は黒々としたシルエットと化して、されど空は光の残滓を宿して薄れながら輝いている。
 俺は、これを、美しいと思うべきなのだろうと思う。
 そこにある光の角度を、風のにおいを、愛おしいと感じるべきなのだと思う。一日のうち、ほんの一瞬だけ立ち現れる空の色、世界の色。俺の眼と耳と鼻を全て染め尽くす空の彩。それを尊いものだと仰ぐべきなのだと思う。それが正しいことなのだと思う。
 されど、俺は、恐れてしまう。いつもではない。時としてだ。だがその「時」においては、異常なまでの恐怖を抱いてしまう。自らの理性で押し留められない感覚。暴力的に意識を薙ぎ払ってゆく不安と焦燥。自分でも理解不能な負の感情が、心の全てを覆い尽くしてしまうのだ。
 ――俺は。
 ああ、俺は、昼の光の中にある青空を望む。ただそれだけを見たいと望む。夜闇の気配を厭ってしまう。陽が落ちた世界で立ち尽くし、もはや二度と白昼の蒼天が訪れないのではないかと、稚気より愚かで無根拠な恐れを抱いてしまう。
 青空に恋い焦がれ。蒼穹に満ちる視界を希い。
 慢性中毒の禁断症状のようにそれを求めて。
 言うなれば、殆ど狂ってしまうのである。

「いやー、先輩。あれはびっくりしましたねえ……」
「うむ。驚きだった」
 週末。午後七時半の空の下、俺と彼女は歩いている。気侭な遊歩と目的地からの帰宅途上、そのどちらでもあり、またどちらとも呼び難い速度の足取りで。俺を先輩と呼ぶ少女、即ち俺の後輩であるところの少女の髪は、洗い立ての艶を湛えてきらりと光る。備え付けのドライヤーを使ったのか、水気は完全に乾き切っているのだが、常よりもしっとりとした光沢は、どこか新鮮な印象を強く与える。そして何より、俺が嗅いだことのないシャンプーの香りが、地方都市の路上に吹く緩やかな風に乗って鼻孔に届く。男湯の側には洗髪剤の類は設置されていなかったのだからして、女湯においても同様のことであるのだろう。であるからして、彼女の黒髪から流れる柑橘系のさっぱりとした芳香は、恐らく彼女自身が持ち込んだシャンプーの携帯ボトルに由来すると推測される。
 ……男湯。女湯。もはや言わずもがなのことではあるが、俺達は銭湯を訪れていたのだ。決して俺の居室のシャワーが壊れた、などという逼迫した理由によるものではない。一種の娯楽としてである。この国に住む人間の内、風呂に嫌悪感を抱く者は決して多くはないだろう。まして広い湯船を持った入浴施設なら尚更だ。……などと言い切ってしまうのは、或いは褒められたものでない行いであるかも知れぬ。だが少なくとも、俺も彼女も風呂は好きで、温泉はより好きで、銭湯は(余り足を運んだ覚えはないとは言えど)それら二つの中間程度に好きである。
 彼女と俺が日々の生活を送るこの街、また特にこの界隈は、全国的に名高き温泉地の一つであって、市街からさほど離れぬ場所に、ランドマークじみた天然温泉施設が存在している。であるが故に、湯浴みの目的で外出するという場合、そこを訪れることが一般常識となっている。彼女と俺にしたってそうだ。そもそもにして、銭湯というものが流行る筈のない地域なのである。
 だが、否、だからこそ。つい先刻、少女は俺に提案をした。その折に交わされた会話は、以下の通りであったと思う。
「ねえ、先輩。たまにはちょこっと趣向を変えて、銭湯に行ってみませんか?」
「銭湯、か。……魅力的なノスタルジアを湛えた響きではあると思うが、近場に銭湯などあっただろうか?」
「ええ。実は、あるのです」
「何と」
「インターネットで地図を見ていて、偶然見付けたのですけどね。……ほら、あの通り。車がすれ違えないぐらい狭い、あの道です」
「ああ。あの、入口に洋菓子店のある路地か。言われてみれば、何か入浴施設じみたものを眼にした覚えはある気がするな」
「そんなこんなで、ね、先輩。温泉地で、敢えての銭湯。なんだか素敵じゃないですか?」
「なるほど」
「私、行ってみたいです。先輩と」
「ふむ……」
「どうでしょうか。だめでしょうか……?」
「……いや。悪くない提言だ」
「おお。じゃあ早速、行っちゃいましょう」
「うむ。行くとしよう」
 ここにおいて、二名による満場一致の決議が為った。もとい、俺が少女に落とされた。……風呂屋に行く身支度というものに、さしたる時間は掛からない。防水バッグに、着替えとタオルと石鹸類を放り込むだけである。そしてどうやら、そもそも彼女は準備をしてきていたようだった。
 然る後に、少女と俺は家を出た。初夏の日差しが枯れる兆しを示しながらも降り注ぐ、昼の終わりたる時間帯。涼しい風が吹き始めている世界を歩き、二十何分かの道行の果て、俺達二人は目的地に着いた。それはなるほど古式ゆかしい佇まいを湛えた建物で、扉を開けたらすぐ番台、という昔ながらの(伝聞に知る)構造を持っていた。五十分後に落ち合う約束をして、男女に分かれた戸を潜り、俺達はそれぞれ入浴を楽しんだ。……そして、今に至る。
 初夏であり、また湯上りということもあり、七分丈のジーンズにTシャツという軽装に身を包んだ少女は、しみじみとこう言った。その語調には、どこか夢見心地な雰囲気さえあった。
「期待していた通り、古い雰囲気のあるつくりではありましたけど。……なんとまさかの、ぷろじぇくたー」
「まさしく然り。なんとまさかの、プロジェクターだ」
 あの瞬間、俺を襲った驚愕と困惑を思い出す。……湯気に曇った引き戸を開けた俺が眼にしたものは、銭湯には付き物とされる例の富士山の絵画ではなく、プロジェクターで壁のタイルに投影された風景動画だった。薄橙色の光が照らす薄野原、淡青色に揺らぐ静かな海、蒼天に映える山林の緑。そうした幾つかの固定視点映像が、数分おきに切り替わって映し出されていたのであった。
 改めて考えてもみれば、白い壁材はなるほどスクリーンに見立てられ得るものではあるだろう。しかしながら、こうした入浴の為の施設で、しかも古の佇まいを色濃く残した銭湯において、かくなる珍奇な趣向を目の当たりにしようとは、流石に予想の外であったとしか言いようがない。
「驚きましたし、惑いましたし、正直呆れもしましたけれど。……でも」
「でも?」
「何となく、こういうのもいいかなあって、感じちゃったりもしちゃったり」
「……認めたくないことではあるが、同感だ。半身を湯に浸しながら映像を眺めるという体験は、それはそれで奇妙な趣のあることだった」
「あはは、やっぱり、先輩も。大自然の映像が湯煙に霞んでいるあの感じ、ちょっと他では味わえないものですよ」
「確かにな。図ったことではないのだろうが、一種のエフェクト的な役割を果たしていたと言えるだろう」
「プロジェクターで強引に壁に映し出しているという方法も、一周回ってのすたるじあを感じさせてましたよね」
「然り。然りだ」
「私、すすき野原って見たことないのですけれど。それでもなんだか、やっぱり夕陽が似合うなあって――」
「俺も具に覚えているわけではないのだが。やはりああした風景は――」
 何だかんだと、ああだこうだと、下らなくも和気藹々と、他愛ない話題で盛り上がる。いつもながらの、少女と俺のスタイルだ。……夕刻遅く、陽は既に落ちている。されど陽光の残滓は未だ留まり、山の彼方から仄明かりを滲ませている。この街にいる限り、どこにおいても山の稜線が見えるのだ。ここはそういう土地であり、そういう地方都市である。それはある種の祝福に似ているが、またある種の呪詛にも似ている。
 歩き、喋り、また歩く。或いは喋りながら歩き、歩きながら喋る。対話を経ながら、歩数を経ながら、俺達はスーパーマーケットに向かうことを決めている。そこで今晩と明日朝の食事を購入することを決めている。銭湯が位置する神さびた住宅街を抜けて、いつしか大通りに踏み出している。途端に渡る風の雰囲気が変わる。街の光が強くなり、宵闇に存在感を主張するその光輝に眼をしばたたかせる。
 そこで、ふと、気付いた。
 俺は、ふと、気付いたのだ。
 今眼の前にある景色。空の色。空の彩。それが、あの暗黒に透き通った青色をしていることに。潤びと滅び、そして昼日の死を示す、あの闇に沈んだ昏い青をしていることに。
 そのことが、その風景が、その事実が真実が、俺の胸に突き刺さって抉り削っていることを知覚する。
 ――俺は、俄に、立ち止まる。

 冷えた。冷えた。
 ぞくりと、冷えた。
 湯浴みに火照り、快い風に涼しさを覚えていた筈の肉体が、俄に底冷えの心地へと転じた。立っている場所がぐらつくような感覚を覚えた。酔い覚め中途、最も悪しき精神状態、あの不快なる居心地の悪さを覚えた。明日への不安。未来への恐怖。ぼんやりとした、されど粘つきを持つ湿った何か。ぶよぶよとした感触を持つ何か。金属製のへらのような道具で、その「何か」が強制的に頭の中から引き摺り出されているような感覚。脳味噌の奥の奥。汚い色をした部分。抉り出される。息苦しい。咽喉が詰まる。溺れる。
 ――薄暗い部屋。埃と煙草の吸殻と空き缶が積み上がってゆく。俺は見ていた。窓の外に見ていた。こんな薄闇を。昏い青を。橙色の外灯光は異世界じみていた。恐れていた。俺は恐れていた。二度と晴れ渡った青空が訪れぬのではないかと。二度と陽光の下を歩けぬのではないかと。俺には何もなかった。俺は何も持っていなかった。ただ虚無だけに満たされていた。哀しむべきことがあった。あった筈だった。だが俺はそれについて、何の感想をも持ち得なかった。空虚だった。虚空に投げ出されていたのだ。水で薄めた血の色彩が覆う薄明りの荒野に立っていた。そこには心を削る乾いた風が吹いていた。
 哀しみも。怒りも。生きる意志も。死ぬ意志も。全てを消し去る腐った大気。そうやって失い続けていることへの恐怖。やがて恐怖すら忘れ去ってしまうことへの恐怖。――最後に残った感情は、ただ、蒼天と太陽への幼い欣求。空だけは。青空だけは。光だけは。陽光だけは。他の何が消え果てたのだとしても、ただそれだけは、失いたくないと願った。それ以外に何を求めていいのか分からなかった。自分が何をなくしたのかが分からなかった。何をなくそうとしているのかが分からなかった。
 抗わなくてはならない。抗わなくてはならない。抗え。抗え。……されどその方法も知らないままに、ただアルコールとニコチンだけを道標とする他はなかった。穢れ濁ったみちしるべ。闇色の沼に向かう黄泉路案内。
 大学三年生。
 携帯電話。
 着信。
 誰かが死んだ。
 らしかった。
 それから。
 それから……。
「先輩。先輩っ!」
 声が。
 聞こえる。
 視界が霧から解き放たれる。四つから二つになり、二つから一つになる。赤色。赤信号機。現実の景が戻る。俺は己が立ち止まっていたことを知覚した。
「先輩、どうされました……?」
「……いや」
 呆然と、呟く。意思の籠もらぬ空気振動。ただの無意味で無価値な音の響き。馬鹿な。何を馬鹿なことを。俺の隣には少女がいるというのに。俺を先輩と呼ぶ少女がいるというのに。俺は。何を。思い出していた。
 ……廃れた景色は、すぐさま消える。意識の奥に沈み込む。だが不快感は消えない。焦燥感は消えない。俺の内奥に、俺が宿していたくないものがある。それを殺すことが出来ない。放逐することが出来ない。嘔吐が咽喉を焼く感覚は、今この時にも甦る。そしてそれを忘れる為に、またアルコールを流し込むという悪行の記憶も。人はそう簡単にその人物であることを止められない。止められぬのだ。
「ああ。いや。何でもない。何でもないんだ。脱水症状かも知れんな」
 自分が口走った文言が、いかに下らぬ、不誠実なものであったかが分かる。誤魔化しとしては最低最悪の部類だろう。
 その証左が、少女の顔だ。表情だ。不満と、心配。されどそれを押し込めようとする情緒の葛藤。……ああ、分かる。分かってしまう。愛されている。俺は俺の後輩に想われている、慕われている。その事実を俺の妄想だと断ずるのは、それこそ少女に対する不誠実であり、失礼であり、裏切りに類する態度であろう。愛されている。想われている。慕われている。だというのに。俺は。俺は。何と下らぬ、愚かで、考えなしの。
「先輩……」
 彼女の髪が、夕焼けの残滓と外灯の光を宿して揺れる。濡れた瞳が震える。Tシャツの袖から伸びた細い腕。鎖骨を隠す布地。包まれた部分と包まれれていない部分。そうしたものを意識する。……彼女の腕が、あたたかな指が、俺のそれらにそれぞれ絡む。押し付けられる。薄くて、されどやわらかな身体。
 信号機が、青に変わる。人波。動く。一瞬であり永遠である時間が経過する。信号がまた赤に変わって、やっと俺は口を開いた。
「……俺は。きっと、青空が好きなのだろう」
「あおぞら、が」
「ああ。だからこんな空色を、昼の死を強く思わせる色を厭ってしまう。より正確に言うのなら、厭ってしまうことがある。……もう二度と、青空が訪れないのではないかとな」
「ん……」
「そういうことだ。ただそういうことなんだ」
 嘘ではない。
 されど真実の全てでもない。
 ほんの何日か前、彼女は言った。――「何があったか分かりませんし、無理に聞こうとも思いません。先輩の悩みは先輩だけのものだから、変に理解した風になりたくもありません。でも、私は先輩の隣にいます」。つい先日耳にしたその言霊は、俺の深く深くなお深い、記憶の傷よりなお深い、存在の根底へと染み込んでいる。
 俺は苦しんでいる。彼女もきっと苦しんでいる。だがそれらはそれぞれのものであり、共有し合うことも、理解し合うことも、癒やし合うことも、究極的には不可能なのだ。彼女はそれを知っている。俺もそれを知っている。
 そして、だから、少女は。
「……あはは。だったら、そういうことにしておきましょう」
 小さな。可憐な。綺麗な。そんな微笑を、闇のあわいで咲き綻ばせつつ、俺という名の穢れ切った馬鹿者に、ああ、真っ直ぐに向けたのだった。
 
「でもでも、先輩」
 地域展開型スーパーマーケット。他の県では名さえも知られぬ、されどこの地域においては人々の生活の必需となっているのであろう、そんな店舗の蛍光灯光が降り注ぐ中で、少女は俺にそう言った。
 ……俺が肘に提げる籠の中には、俺が飲む缶発泡酒、少女が飲むオレンジジュースのリットルパック、生卵としらすと鰹節、半額の値札が貼られた砂肝唐揚げとコロッケ、更に明日の朝食とするパンの類が放り込まれている。今晩、明日、即ち未来。そこで俺達が平らげることとなる飲料乃至食料が、ぎちぎちと積み重ねられている。つまらぬ物言いであるのかも知れないが、俺が持つ灰色のプラスチック籠の内部に、彼女と俺の未来が詰め込まれているのである。
「どうした?」
 俺は返す。少女に返す。すると少女は胸の前で手を握り合わせつつ、自信満々といった風情で言った。
「先輩は、昼や青空がお好きかも知れませんけど。……でもね、先輩」
 艶めいた、眼。さりげなく俺と手を絡ませながら、少女は続ける。
「夜には夜の、楽しみが。むふふ、あっちゃったりしちゃうのですよ……?」
 やれやれ、だ。湧き上がる笑みを噛み殺しつつ、俺は彼女の髪を小さく撫でる。そして言う。
「それは即ち、映画を観ながら、ジュースを飲んだり惣菜を食したりする、恐ろしい程に健全なる楽しみのことであろうか」
「あはは。ばれました?」
「委細承知しているさ。楽しもう」
「ええ、ええ。……春巻きのジョーク、あれっていったい何なのでしょう?」
「恐らくは、まあ、卑猥に類するものであろうな」
「プレスリーも宇宙人だったんですよね。それから――」
「ニューラライザーの正式名称は、実は非常に長いものだ。そして――」
 ……これから俺の居室で観ることになっている、かつ彼女も俺もよく知っている映画のネタを投げ合いながら、俺達はレジに並んだ。ほんの二十分後にある未来、健全な楽しみに満ちた未来に尽きぬ想いを馳せながら、俺はふと、昼日の死と昏い青と空虚な過去のことを思った。……そして、そこから引き上げられた時のことを思った。
 明日は来る。どうしようもなく来る。――二度と止まない雨、永遠に終わらない夜。そういうものはあるのだろう。この世のどこかにはあるのだろう。だが俺達が生きる世界においては、雨は止むものとなっている。夜は終わるものとなっている。少なくとも、これまではそうだった。これからはどうだろうか? ……分からない。分からない。先のことなど分からない。
 だからこそ、祈るのだ。信じるのだ。希うのだ。
 明日は晴れであるといい、と。
 青空の下で覚醒の時を迎えられるといい、と。
 それだけが、慢性青空中毒患者たる俺が出来ることの全てだ。
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