彼:
串カツ専門の立ち飲み屋に通っていた時期がある。蛸、ウインナー、うずらの卵をいつも注文していた。

後輩:
紅生姜はまだしも、りんごやバウムクーヘンでさえ串カツにするのはおかしいと考えている。


◆【20161219】
「花火って、なんで冬にはやらないんでしょう?」
「寒いからではないか?」
「あ、そうですよね」
「……」
「……」
「……すまん」
「いえいえ。納得しちゃったので……」


◆【20161219-2】
「しかし、冬の花火か。『冬花火』などと称せば、なにか季語のような趣も感じられるな」
「あー。言われてみれば、俳句っぽい。じいんと感じ入らされるものがある、綺麗な字面だと思います」
「きりと冷たく澄み渡る闇のあわいに、静かに光り煌く焔の花か。……悪くない」
「ね。線香花火でも、普通の手持ち花火でも、打ち上げ花火でも、冬に花火をやったなら、夏にはない、特別な情緒が浮かび上がってくる筈なのですよ」
「うむ。こうして考えてもみれば、何故にして、冬に花火が執り行われぬのか、疑問に思わざるを得ん」
「あはは。寒いからじゃないですか?」
「……まあ、そうだな」


◆【20161220】
「ふーゆ、やーす、みー、でーすっ」
「今学期も、お疲れ様だ」
「どもども。犬は喜び庭駆けまわり、猫は炬燵で丸くなり、でも私は犬や猫ではありませんから、その中道をゆきたいな、と」
「つまり、時には街に繰り出し時節の情緒を楽しんで、時には居室の温もりの裡に寛ぐ」
「ええ。そんな感じで」
「アウトドアが文化であれば、インドアもまた文化だな。いいことだ」
「えへへ。……何も特別なことはありませんけど、クリスマスも、大晦日も、お正月も、お外と家とを選ばずに、一緒にいちゃいちゃ過ごしましょう」
「去年の通りに。そしてまた、来年もそうであるように、な」


◆【20161224】
「こほん。……街は不自然極まるイルミネーションに煌いて、ピザを求める人々の群れは大蛇と化して列をなし、ケーキ屋さんの宅配バイクは苛立たしく行き交っていて、スーパーマーケットではローストチキンが大繁殖。そう、今日はクリスマスイブ。一年の中でいちばん狂った災厄の日、醜悪祭、クリスマスイブの日です」
「うむ」
「なにがパーティですか。なにがピザですか。なにがケーキですか。なにがチキンですかっ。そんなのいつでも食べられるじゃないですか。好きな季節に食べればいいじゃないですか。いつ食べても美味しいじゃないですか。わざわざ十二月二十四日にだけありがたがるなんて、そんなの絶対おかしいです。格好悪いです。ださくて愚かで見苦しいですっ!」
「何やら今年は、殊に気合が入っているな」
「えへへ。ほめられちゃった」
「ああ、褒めた。心の底から、君らしいパンク精神を讃えよう」


◆【20161226】
「鯖の缶詰は、いいな」
「あー。さばかん」
「味、栄養価、使い出、パッケージングのノスタルジックな風情、どれを取っても非を打つべき個所がない」
「ええと、そこまで無邪気に褒め称えるものかどうかは分かりませんが。……でも、ええ。使い勝手はいいですね。水煮も、味噌煮も、いろいろ料理に役立ちます」
「手軽な酒の肴としては、『缶詰をそのまま火に掛ける』というのもあるな」
「はいはい。缶を直接、鍋の代わりにするのですよね。スープは鯖缶の煮汁そのもの、輪切りのねぎをちょこっと乗せて、ねぎがしんなりとするまで煮込み、七味でぴりっと引き締める。いいものです」
「うむ。あれはつまみとしての完成度もさることながら、缶自体を皿としたが故に立ち現れる、そのヴィジュアルが……」
「かわいらしい?」
「よく分かったな。然り、かわいらしい」
「……んー。私としては、先輩が『かわいらしい』と判断する基準が、むしろかわいらしいと思いますけど」
「俺のことはいい。鯖缶のことをかわいがってくれ」
「あ、あはは……」


◆【20170101】
「……あっ」
「ふむ」
「あけちゃった」
「あけてしまったな」
「あけちゃったのですねえ」
「うむ、あけた。俺達は、違うことなく紛うかたなく、否定可能性の僅かな欠片すらなしに、確かにそれをあけたのさ」
「ええ。……ポテトチップスの袋を」
「ああ。……うすしお味の、ポテトチップスの袋をな」
「あは、あはは。新年早々、除夜の鐘の音も尽きた後、奏でられるのは『ばりっ』です。ポテチの袋が破られる、『ばりっ』という音色なのです。年越し蕎麦も食べてませんし、鏡餅とかも準備してなく、それどころか年越しの瞬間にさえも気付かずに、普通にポテチを開封してるのです」
「うむ」
「えー、ええと……一周回って、なんだかむしろ趣深い!」
「笑おう。ここは笑おう。笑ってしまおう。いえーい、と」
「い、いえーい!」
「いえーい」
「……」
「……」
「……あ、あけましておめでとうございますっ!」
「うむ。あけましておめでとう」


◆【20170104】
「ねえねえ先輩。つかぬことを伺いますが……」
「つかぬのか」
「つかぬことと言いますか、つからぬことと言いますか」
「つからぬのか」
「でも気分次第では、つかることも伺います」
「つかるのか」
「つけるにしても、つけないにしても、とにもかくにも、二度漬けは禁止なのです。ですですよっ」
「ふむ。本場大阪の流儀だな」


◆【20170112】
「ときに、先輩」
「……!?」
「どうかしたのか、先輩?」
「いえ、あの、どうかしたとか高架下とかないですよっ。なんなのですかっ。頭かどこか打ちました!? 救急車とか呼びますか!? 何台も何台も呼びますか!? 観閲式の戦車みたいに!」
「何を言う。俺は至って健康体だ。先輩こそ、何やら挙動が不審だが、悪いものでも食べたのか。いけないぞ、先輩。先を導く輩なるもの、模範となるべき道を取らねば」
「……かくなる上はっ。先輩、お覚悟!」
「待て、何だそのプチプチマットを束ねた剣は。何だその唐竹を割る大上段の振り上げは。やめろ先輩、俺に何の恨みがあって――」
「ていくざっと! ゆーふぃーんど!」

「……む」
「お目覚めですか、先輩?」
「ああ。すまん、眠っていたか」
「みたいです。……もう、だめですよ、先輩。最近酷く寒いですから、ひとときばかりの転寝であったとしても、ちゃんと布団を被りませんと」
「すまん、先輩としてあるまじき失態だ。今後、殊に気を付けよう」
「ん。……あの。先輩」
「ああ」
「先輩は、先輩ですよね。私の先輩なのですよね。私は、後輩でいて、いいのですよね?」
「何を今更。君は俺の後輩で、俺は君の先輩だ。この真実は岩より堅く、鉄より強い。たとえ世界が滅び果てたのだとして、とこしえに変わりはせんさ」
「……はぁ。よかった」
「……?」


◆【20170113】
「お約束って、分かっていてもいいものですねえ」
「ふむ。例えば?」
「最終話のタイトルが、作品自体のタイトルと同じだったり、みたいな」
「なるほど」
「オープニングテーマのオルゴールバージョンが流れたり」
「歌詞を連想させる台詞もセットだ」
「そして最後の戦いは、一対一の殴り合いなんですよ」
「武具や魔法は、敢えて使わないのが礼儀だな」
「ええ、ええ。……いいですよねえ、こういうの。お約束なんですけどねー」
「分かっていても、良しと思える。だからこそのお約束、なのだろうさ」


◆【20170115】
「……雪だぁ」
「……雪だな」
「雪というか、吹雪ですよ。暴力的に渦巻いてますよ。外に出たら全身を切り刻まれて死んじゃいます。寒さ・ザ・リッパーですよ、もうこれは。外出なんてバルバロイのすることです。つまるところに非文明です。今日はお家でゆっくりぬくぬくしてるべきですっ」
「霧の都の殺人鬼はともあれとして、外に出るべきでない、という君の意見には賛同だ。幸いなことに、今日一日を耐え凌ぐだけの食材はあることだしな」
「ええ。……確か、冷蔵庫の中には、お豆腐、白菜」
「加えてしめじ、人参、生姜だったか」
「……こ、これは。先輩」
「……ああ。作る料理は一つしかない」
「運命が……湯豆腐を指し示している……!」


◆【20170117】
「とーしーのーさーなーんてー、ふーふーふーふふーふふふーん」
「……」
「せんっぱっいっ、気付いてーよーっ」
「ふむ。何をだ?」
「えへへ。なんでもないでーす」


◆【20170120】
「これは、餅だ」
「も、餅ですか」
「ああ。餅、或いはお餅、英語で言えばライスケーキだ。独語で言えばライスクーヘン、スワヒリ語で言えば――」
「ああいえいえいえ、大丈夫です、お餅ですよね、分かります。……でも、その、元日はとうの昔ですけど、何故今更になって、お餅?」
「……安かったからだ」
「あー」
「三十パーセントオフだったからだ」
「な、なるほど……」
「すまん。魔が差した。安価に釣られ、気付けば買い求めてしまっていた。この家には焼き網などないのに。オーブンもレンジ付属のものしかないのに」
「ふふふ、事情は分かりましたよ先輩。……こここそ後輩ぱわーの見せ所、拙いながらもそこそこではある料理スキルの発揮し所」
「何と」
「実はですね、先輩。お餅はフライパンでも焼けるのですよっ」
「……そうなのか?」
「ええ。裏返して両側を加熱しますから、ぷくっと膨らんだりはしませんけども、ほどよいふにふに具合で焼けちゃいます。……さ、先輩。刻み海苔とマヨネーズとお醤油を準備しておいて下さい!」
「了承した。オペレイション・オモチ・ベイキング、全作戦指揮を君に委ねる」
「任されましたっ。折角ですし、胡麻油も使っちゃって構いませんね……!?」
「勿論だ……!」


◆【20170120-2】
「ところで先輩」
「どうした?」
「さっき仰りかけましたけど、お餅をスワヒリ語で言うと……?」
「すまん。知らん」
「ですよねぇ」


◆【20170124】
「あー。こたつぬくぬく……」
「曰く、炬燵には魔物が潜むと言うが」
「はいはい、そういう比喩もありますねえ」
「気を付けるといい。ただの比喩とは限らんぞ」
「ん、つまり……?」
「――遅かったか。すまん、君だけでも逃げてくれ……!」
「先輩が……こたつの中に引き摺り込まれた!?」
「……『腹が満ちぬ。活きの良い人間よ、次はおぬしを食うてやろう……!』」
「こたつの魔物! こたつの魔物だ!」
「『む、先の男とは違うな。おぬしは可愛らしい。このみかんをくれてやろうぞ』」
「紳士だ! こたつの魔物、以外と紳士だ!」


◆【20170128】
「――ふー」
「どうした?」
「いや、その。何と言いますか、あはは。……私達って、ひととおり、いやらしいこともしちゃいましたが。しちゃったというか、しちゃってますが」
「そうだな。大事なものを貰った。改めてのことにはなるが、ありがとう」
「うぅ。そういうの、さらっと口に出しちゃうのは反則ですよ、もう。……いえ、もちろん私も、貰って頂いてありがとうございました、なのですけれど」
「ああ」
「それで、そのですね、先輩。……こうやって、ふたりでお風呂に入るのは。えっちなこととはまた違う、不思議な緊張というか、高揚感というか、どきどきというか、ときめきがあると言いますか――」
「……」
「ここで頭を撫でないで下さいよぉ……」


◆【20170203】
「何と言うか、私達には縁遠いイベントですよね、節分って」
「そうだな。豆も撒かぬし、恵方巻きも食さぬし、鬼なんぞもいないしな」
「うーん。……じゃあ先輩、気分だけでもということで」
「ああ」
「ここはひとつ、何か鬼っぽいことを言って下さい」
「……。では、エアコンと炬燵の電源を切り、窓を開けよう。今日の風呂は水風呂で、晩飯は冷えた素麺だ。これぞ八寒地獄が摩訶鉢特摩、大紅蓮地獄なり」
「あ、悪鬼外道っ! 鬼は外っ! 鬼は外ーっ!」


◆【20170203-2】
「……ええと、先輩。それで、本当の今日の晩御飯は?」
「椎茸と鶏胸肉、生姜が残っていた筈だ。……そうだな、にゅうめんにしよう」
「やった、にゅうめん大好き。えへへ、鬼は外、先輩は内」


◆【20170209】
「ゆーきーやこーんこー、あーられーやこーんこー」
「……」
「振ってーも、振ってーも、未練がましくアプローチを仕掛けてくる……! でもごめんなさい……! 他に好きな人がいるから……!」
「修羅場か!? 雪の日の修羅場か!?」


◆【20170211】
「今日も寒いですねえ……」
「うむ。寒い」
「吐く息が白くなるのは、空気が冷たいからなのです」
「そうだな。呼気の温度は体温にほぼ等しい。それが外気との温度差により、一気に冷却され、水滴となる。故に白く可視化する」
「ええ。種が分かれば、本当に単純なことなのに。……こんな些細な現象が、幼いころには、なにか面白いもののように感じられてて」
「懐かしいな。白い息を吐き出しながら、『冷凍ビーム』や『氷のブレス』などとのたまい、友とふざけ合っていた想い出がある」
「あー、男の子っぽいですねえ。のすたるじっく、のすたるじっく」
「ああ。ノスタルジック……」
「ええ……」
「……」
「……はーっ」
「くっ、氷結魔術の使い手か……!」


◆【20170212】
「『運命』なんて、綺麗な言葉で飾りたくなることもありますが……」
「ああ」
「でもこれは、運命なんかじゃないのです。とある春の日、金色の光の中で、先輩とお会いしてから。決して短くはない時を重ねて、決して少なくはない言葉を重ねて、手探り手探り、お互いのことを分かり合って、それぞれのことを分かち合って、ふたりのこころを積んで重ねて――」
「――半年という月日の果てに、数え切れない対話の果てに、とある秋の日、あの橋上に至った。共に夕陽を浴びながら、夕刻の風を受けながら、俺が君に伝えたのだったな」
「もちろん、覚えてますよ。空気の震えも、日差しの角度も、川面で揺れる煌きも。あの時、私に、先輩は――」
「……」
「『君が好きだ』と、まっすぐに。きっと先輩の全部を乗せて、きっと私の全部の為に。ふたりで築いた、あの時までの全部の先へ。……だから、これは、運命なんかじゃないのです。偶然なんかじゃないのです。天から降った奇跡じゃなくて、大地に刻んだ軌跡なのです」
「……そうだ。ああ。そうだな」
「あははっ。先輩、せーんぱいっ」
「ああ」
「――大好きですよっ!」
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