彼:
不変の岸辺。削られ形が変わることはあっても、陸としての属性は消えはしない。
永遠の象徴。されど、水面に触れていない限り、それは岸辺と定義されない。

後輩:
揺蕩う水面。波濤は生滅を繰り返し、そこに光は照り輝いて、砕け散る。
瞬間の象徴。されど、岸辺に触れているならば、その刹那は永遠を獲得する。


◆【20161118】
「偶に思うことがある。思ってしまうことがある。――君と俺とが築く世界は、畢竟、砂の城でしかないのだろうか、と」
「……先輩」
「先輩、後輩、この二語のみを以てして、繋げぬ筈の何かを繋ぐ。より正確に言うのなら、繋ぎ止めようと血を吐いている。……俺は、君を、灰降る黄泉路の果てまで付き合わせようとしているのかも知れん」
「それは……、でも、先輩。先輩、私は、私も、先輩を」
「ああ」
「同じですよ、おんなじです。私も私で、先輩を、閉じた地獄の底に誘っちゃっているのです。苦しみの海を連れ回し、一緒に溺れようとしているのです。……そしてまた、だからこそ、私は上手くいくと思ってもいるのです。今後も、私と、先輩で。これまで通り、これからも」
「そうか」
「ですですよ。先輩は、何も気に病むことなんてないのです。だって私は、先輩のことが好きだから。大好きだから。……論理の欠片もないですけれど、ここはひとつ、そういうことで」
「……了承した」
「んっ」
「すまん。詮なきことを言ってしまった」
「あはは、そうですねえ。……じゃあ、お塩強めの砂肝焼きを焼いて下さったら、今日のことは手打ちにします」
「よし。腕を見せよう」


◆【20161119】
「ん……」
「……」
「あー、……雨、ですねえ。それもいわゆる、大豪雨」
「ああ。恐らく俺は、軍馬の疾駆にも相似した、この激しき雨脚の声に起こされたのだろう」
「たぶん、私も」
「……。雨、だな」
「ええ。雨です」
「今日は一日、外出せずともいいかも知れん」
「ですねえ。一週間分の買い物は、明日、ということで」
「そうすべきだな」
「ところで、先輩。それはともあれ、それより何より」
「ああ」
「えへへ。おはようございます、先輩」
「おはよう」


◆【20161121】
「えー。自称、愛媛県は松山市の宣伝担当として、『じゃこ天』という料理を紹介させて頂きたく思います」
「じゃこ天か。いいものだな、あれは」
「いいものです、いいものなのです、ですですよっ」
「うむ。……しかしながら、中四国以外では、『じゃこ天』という名の通りも悪い。ここは是非、基礎情報から解説しておくのがいいだろう」
「ええと。じゃこ天は、愛媛県は南予地方、海岸地域の郷土料理です。簡単に言えば、小魚のすり身の揚げ物ですね。さつま揚げに近いものだと言わますけれど、実際はまるで別物。硬めの身は灰色で、きしきしとした舌触りを持っています」
「そうだな。骨も皮も全て潰して練り込むが故、独特の色と感触を持つ」
「こう、『お魚』という概念を、全部食べてる感じがいいのですよね。こればっかりは、口にした人にしか分からないと思いますけど」
「であるが故に、何より美味であるのは揚げ立てだ。最高純度で『魚』そのものが味わえる。……淡泊で、ある種荒々しくはあり、だが、無限に等しき滋味に溢れる」
「ですがもちろん、揚げ立てじゃないと美味しくない、というわけでもないのが強みです。直火で炙って温め直し、大根おろしと醤油で頂くのも素敵なのです」
「……いかん。涎が垂れ落ちかねん」
「あはは。……そういうわけで!」
「ああ。そういうわけで」
「おいしいものあり、見応えに富む寺社仏閣数知れず、温泉情緒、文学情緒もばっちりの、松山市においでぞなもし!」
「うむ。おいでぞなもし」
「『ぞなもし』っていう方言、現地人にもよく意味が分かりませんけどね!」
「言わぬが花だ」


◆【20161121-2】
「松山市街の景色においては、路面電車が印象的です。どこにいても、だいたい線路が見えています」
「車体が駅に滑り込む折に鳴り渡る、けたたましくも心和ませる擦過音。これぞ松山市の象徴であると言っても過言ではない」
「がたんごとんと揺れる車内の雰囲気も、のすたるじっくな雰囲気がありますね」
「ああ。そしてまた、車内設置の『俳句ポスト』も、他市の電車にはないものだろう」
「あー、あれ。私達にとっては至極当たり前の景色ですけど、よく考えてみたら変ですよねえ」
「……うむ。様々に思い返すだに、感じ入らされてしまうことだ」
「ん……」
「松山市は、いい街だな、と。心からそう思う。色々な意味で」
「いい街ですよ、松山市は。ええ、それはもう。色々な意味で」


◆【20161121-3】
「愛媛県、松山市。湯の街、句の街、そして路面電車の街ですよ」
「ああ」
「バスはあんまり発展していませんし、地下鉄なんて存在でさえしてませんから、公共交通機関で移動しようと思ったら、専ら路面電車を使います。一日終日五百円、乗り放題のチケットなんかもありますね」
「……。今は、五百円なのか?」
「……先輩?」
「高く、なったな……」
「……あー」


◆【20161122】
「日を跨いでもまだまだ続く、松山市のいいとこ紹介っ。ちなみにお金は貰ってません! あふぃりえいとりんくとかも張ってません!」
「クリーンに続けてゆきたいところだな」
「でもですね、もしも市役所が資金援助して下さるのなら、もっともっと頑張ります!」
「欲望に忠実であるその姿、俺は嫌いではないな」


◆【20161122-2】
「松山市という場所は、終生酒に苦しみ悶えたかの俳人、種田山頭火が没した地でもある」
「無季自由律俳句、でしたよね。……ええーっと、『うしろすがたのしぐれてゆくか』?」
「よく知っていたな。その句は彼の代表作として名高い。……『うしろすがたのしぐれてゆくか』。ここにおいて、山頭火が観じているのは己自身だ。惨めな己が、惨めに雨に打たれて、雨煙の中をとぼとぼと歩き去る。句は霞む景色に飲み込まれてゆく男の背中を描いているが、描く主体は描かれる像それその人だ。故にこれには、『自嘲』の詞書が添えられている」
「自分自身を客観的に見て、自分で自分を嘲笑って、それを口遊むようなリズムに乗せて……」
「『どうしようもないわたし』の歩む姿を、皮肉めいて、されど感傷的に描写している。このようなスタイルは、彼の句作全体に通底してもいる」
「なるほどなるほど。……俄然興味が湧いてきました。もう一句ほど、教えて頂きたいところです」
「よかろう」


◆【20161122-3】
「山頭火の自選句集、『草木塔』より、二句を続けて紹介しよう」
「拝聴します」
「『やつぱり一人がよろしい雑草』」
「ふむふむ」
「『やつぱり一人はさみしい枯草』」
「うわぁー……、うわぁー……」
「敢えて多くは語るまい。……だが、最高だ」
「最高ですね……!」


◆【20161122-4】
「種田山頭火が死を迎えた場所は、これを限りと築いた庵、『一草庵』だ」
「一草庵。聞いたことがありますね。……と言いますか、道後温泉界隈からは、結構近い立地ですよね?」
「ああ。温泉駅から、徒歩三十分で辿り付けよう。山の麓の小川のほとり、ひっそりと建っている」
「ふうむふむ」
「さて。一草庵において、その死の当夜、山頭火は友人を招いて句会を開いていたという。会は盛り上がったが、山頭火自身は寝室に籠もったのだという」
「そ、それで?」
「参加していたメンバーは、そのまま楽しく会を続けた。散会は夜十一時頃。……夜明け前、山頭火は屍となった」
「わぁ……」
「種田山頭火なる人間は、『ころり往生』、即ちあっさり死ぬことを、その命の最終目標として常に掲げた。それを見事に達成してしまったということになる」
「山頭火さん……!」
「……時は巡り、我等の生きる二十一世紀。一草庵は清掃され、今では誰でも入館出来るようになっている。まるで彼が生きていた折の如くに、そこで句会も開かれている」
「……」
「素敵なことだと、俺は思う」
「ええ、ええ。上手く言葉が出て来ませんが、とっても素敵なことだと思いますっ」
「……そういうわけで。松山市を訪うのなら、一草庵も観光ルートに組み込んではどうかという、一市民からの提案だ」
「以上、今日の松山紹介コーナーでした!」


◆【20161124】
「明日使えるわけではない、だが知っていると得に感じる、そんな小ネタを提供しよう」
「おお。当番組の人気コーナー、雑学知識のお時間ですね。早速どうぞっ」
「公共施設のトイレには、しばしば陶器の流し台がある個室が付随しているが……」
「あー、はいはい。学校にもある、掃除用具が押し込められている場所ですね?」
「まさしくそれだ。……あの場所は、建築用語で『エスケー室』という。そしてまた、流し台の名が『エスケー』」
「ふむふむ、えすけー。アルファベットのSとK?」
「うむ」
「ということは、何かの略称なのですね。折角ですし、語源も知りたいところです」
「それなのだがな」
「はい」
「SKという二文字が、果たして何を意味しているか。……これは、不明だ」
「不明!?」
「ああ。『スロップシンクの略である』と説明されることが多いが、そうであるならSSだろう。畢竟、何故あれをSKと呼称するのか、誰も答えを持っていない。されど業界の人間は、SKの名を用い続ける。何ら批判を加えることなく」
「おお……みすてりぃ……」
「……と。雑学知識を開陳させて貰ったが、かくなる具合で良かったか」
「知識欲が満たされましたっ。ありがとうございましたっ!」


◆20161126
「『辛い時には、楽しいことを考えろ。辛いことばかり考えていても仕方ないから』」
「……」
「ライフハックを謳う本や何かが、お題目のように主張しているフレーズです。……ばかにしてるんでしょうか?」
「……」
「こっちは辛いと言ってるんです。苦しいと言ってるんです。それを、何ですか? 仕方ないって? 下らないって? 辛い時には辛いのです。苦しい時には苦しいのです。泣きたい時には泣きたいのです。頑張りたいくない時には頑張りたくなんてないのです」
「……楽しいこと、などと言われたとして、苦しみの海に沈む折には、昏き感情の質感のみが循環する深き淵では、何も楽しさを感じさせなどせぬものだ。『楽しい』が何であったか、それさえも思い出せない。君の主張は、尤もだ」
「ん……」
「世界の全てが牙剥いているように思う瞬間は、確かに存在しているな。……深淵の底。そこにおいて、『楽しい』という概念は、まるで遥か彼方の水面で揺れる、手の届くことのなき光。伸ばした指先、その隙間から洩れ込んでくる、遠い遠い光芒だ」
「……」
「そこにありつつ、されど握り掴むこと叶わぬ光。それに対して我等が覚える感情は、ただ一つというものだ」
「……憎悪」
「ああ。憎悪だ」
「……」
「ならば、俺は、こう思う。――楽しくなくてもいいではないか、と。憎悪は憎悪でいいではないか、と」
「……」
「止まない雨はない? 終わらない夜はない? 下らん嘘だ。嘘八百を越えて八千だ。永遠に降り止まぬ雨もあろう。二度と陽の昇らない夜もあろう。……そして、君が然なる苦痛に沈むのならば、俺は」
「……」
「俺は、君と共に溺れよう。一緒に雨滴に打たれよう。終端のない夜にはとりとめのなき雑談の相手になろう。……俺は、君の、先輩だから」
「……先輩」
「ああ」
「先輩。せんぱい」
「ああ」


◆20161127
「止まない雨もある。終わらない夜もある。……ええ、真実だと思います」
「ああ」
「でも、少なくとも、昨日の雨は降り止みました。夜も終わって、鈍色の雲の隙間から、金色の朝陽が差し込みました」
「そうか」
「先輩。――ありがとうございます」
「なに。礼を言われる程のことではないさ」


◆20161201
「先輩。聞いて下さい」
「どうした?」
「学校帰り、スーパーに寄ったらですね。毎年恒例、例のクリスマスソングが流れてまして」
「恒例。つまり、マライア・キャリーだな」
「それはもちろん、マライア・キャリー。あいんどんわんたろっふぉーくりーすます」
「うむ。……しかしまた、相も変わらず、気の早いことではあるな。クリスマスの日は、未だ遥か遠いのに」
「ええ。私も、そう思いました。……いえ、思ってました」
「過去形か」
「先輩。……私、恐ろしいことに気付いてしまったのですよ」
「な、何だ?」
「口に出すのも憚られる、悍ましい真実です。狂気の淵を覗く覚悟で、心して聞いて下さい」
「……ああ。心得た」
「今日。――もう、十二月の一日です」
「何だと!?」


◆【20161204】
「たまにはこう、あまく蕩けた声とか出してみながら、先輩に甘えてみたいものですよ」
「ふむ。あまく蕩けた」
「たとえるならば、銀色の匙から滴り落ちる蜂蜜みたいな。闇に妖しく艶めいている、夜露に濡れた花弁みたいな」
「それはまた、何やら不穏な比喩ではあるが。具体的には、如何様な?」
「ええと。……せんぱぁい」
「……わお」
「わお!?」


◆【20161206】
「……なべ」
「鍋か」
「鍋、食べたい」
「食べたいのだな、鍋料理が」
「鍋料理が! 私を呼んでいるのです!」
「君が鍋物を推しているのは分かった。だが俺達は、春夏秋冬、四季折々に鍋の情緒を楽しんでいる。年がら年中、鍋料理を楽しんでいる。……それでも何か、満たされ得ない鍋衝動があるのだと?」
「……先輩。『じょうやなべ』。ご存知ですか?」
「常夜鍋、か。……一説によると、かの北大路魯山人が提唱したという」
「はい。お酒を混ぜたお出汁の中に、法蓮草と豚肉だけを入れて、シンプルに頂くという。あれを作ってみたいのですよ」
「一般に言う鍋物の最小単位は、肉、豆腐、葉物野菜。だが常夜鍋なる概念は、この最低値を割っている。豚肉と法蓮草、肉と野菜、ただ二色のみを呈した簡素なものだ。……何故にして、敢えて常夜鍋を欲する? 菌糸類も白滝もない、いっそ虚無的でさえある鍋を欲する?」
「先輩は、虚無的であると言いますけれど。でも、先輩。……肉と野菜の、ただ二色。これって、『両儀』に通じているとは思いませんか?」
「……両儀。中国の古い思想で、世界創造に纏わる論に出て来る語だったな。万物の根源である『太極』より現れた、白と黒の二項対立。天と地、また或いは陽と陰だ」
「ええ。先輩でしたら、ご存知だと思ってました」
「君は、まさか。常夜鍋の具材における、それぞれ一品のみの肉と野菜が、大極を模したかの図案……『陰陽魚』の再現であるというのか」
「もちろんまさしく、そのまさかです。つまり常夜鍋をこさえることは、両儀を再統合して大極に至る営み、それそのものだと言えるのですよ」
「……なんと」
「大極は、原初の宇宙。混沌の一。森羅万象が生まれる前の、あらゆるぜんぶの最初の姿。……豚肉と野菜を煮込むだけで、私達は、万物創造の日に到達することが出来るのですよっ!」
「……」
「……」
「……うむ、分かった。単に食べてみたいわけだな、君は。未だ試したことのない鍋物を」
「あはは。ばれちゃった」


◆【20161211】
「うー……」
「雪山に住む伝説の怪獣の如き呻き声だが、どうかしたのか?」
「悔しいのです。まるで成長出来ない自分が、どうしようもなく悔しいのです」
「ふむ。……何があった?」
「シャンプーとリンス、また間違えて買っちゃったのですよ……」
「……ああ」
「でも、でもですよ、先輩。百パーセント、私が悪いわけじゃないと思うのです。同じブランドのシャンプーとコンディショナー、だいたい同じ棚に置いてありますし。パッケージのデザインも、まるで全く同じですしっ。色で区別が付けられているわけでもないですしっ!」
「確かにな。あれはなるほど、分かり辛い」
「そもそもですよ、無駄に種類が多過ぎると思いませんか。シャンプーなんて、髪が洗えればいいだけのものじゃないですか。私は最低限の清潔さが欲しいだけなのです。香りがどうとか、艶がどうとか、ひあるろんとかなんとか、ツーステップとかなんとか、そんなのどうでもいいじゃないですか!」
「落ち着け。昂り過ぎるな。怒髪が天を衝いている」
「むー……」
「怒り逆立つ髪の毛にこそ、コンディショナーが必要だ」
「じゃあ先輩が洗って下さいよっ。一緒にお風呂に入って下さいよっ」
「よかろう」
「……いいんだ!?」


◆【20161213】
「じゃあ、先輩。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
「……」
「……」
「……ん。こうやって、電気を消して、先輩と二人して、お布団に潜り込んで」
「ああ」
「もう少し時間が経ったなら、あたたかくなる筈です。先輩と、私と、二人の体温で、きっとぽかぽか、ぬくぬくになる筈です」
「そうだろうな」
「ですけど。……それでも、今はまだ肌寒いから。冬がとっても冷たくて、夜がとっても暗いから」
「……」
「先輩。手、出して」
「……こうか?」
「ええ、そうです。こうやって、……きゅっ、と。えへへ。握り合って、絡ませ合って、ぬくもりを交換し合って」
「ふむ。……なるほど。温かいな。君の手は。君の手の指先は」
「あたたかいですよ、先輩も。……いつも優しく撫でてくれる、先輩の手は、指先は。私にとって、この世の何よりあたたかいものなのです」
「そういうものか」
「そういうものです。……そういうもの、なのですよ」
「……そうか」
「えへへ、へへ。あったかいなあ」


◆【20161214】
「記憶違いとか、妄想とか、暗黒魔術で過去を書き換えられたとか、そういうのじゃなければいいのですけど」
「何やら不穏な口火切りだが、どうした?」
「ねえ、先輩。……昔、ガムって、板のが主流でしたよね?」
「……ああ。また懐かしいものを」
「ブルーベリーとか、梅とか、青いパッケージの謎の柑橘とか。色々あった筈なのです」
「それらに加え、ペンギンの群れも思い出される。……こうして思い返してみれば、なるほど確かに、見なくなったな」
「そうなのですよ。今は粒のばっかりで、キシリトールがどうとかで。息が綺麗になるだとか、爽快感が続くだとか、そんな謳い文句で飾られていて」
「うむ」
「普通に甘くて普通に美味しい、普通にお菓子な板ガムが、私は好きだったのに」
「世間におけるガムの定義が、『菓子』から『エチケット用品』に移り変わったということか。諸行無常の河は流れて、板を粒へと丸めて潰す」
「儚いですねえ。まるでガムの味がなくってゆくように……」
「噛んで、捨てて、それで終わりというわけだ」


◆【20161214-2】
「ところで、先輩」
「ああ」
「昔あった板ガムで、青いパッケージの柑橘っぽい味のやつ。『スイーティ』みたいな商品名でしたっけ。……スイートなんて言うぐらいですし、なるほど甘酸っぱくて好きでしたけど、あれって結局、何味だったのでしょう?」
「名前の通りだ。『スウィーティー』。『甘い』を意味する英単語とは関係がない。スウィーティーはイスラエル産の柑橘類で、ブンタンとグレープフルーツの交配種だな」
「じゅ、十年越しの難題が、こんなにもあっさりと……」


◆【20161215】
「『女の子は頭を撫でられると嬉しい』……なんて、巷でよく囁かれることですけれど。実際、そんな単純なものじゃないですよ」
「まあ、悪しき物言いであるとしか言えんな。そもそも『女の子』などと、六十数億の個性を持つ六十数億の人間に、傲慢極まるカテゴライズを行うことに無理がある。頭を撫でられ好ましく感ずるかどうかなど、畢竟、個人の趣味嗜好の範疇だろう」
「それに、たとえ『頭を撫でられると嬉しい』人がいたのだとして、誰にされても同じなわけじゃないのでしょうし」
「ああ。そうだろうな」
「……なあんて。難しい話は抜きにして」
「うむ」
「私としては、先輩に、頭を撫でて頂いたなら、きっと嬉しく思うのですよ」
「……」
「ね、先輩……?」
「……全く。手口が巧妙になったな」
「なんて言いつつ、すかさずなでなでしてくれる先輩、大好きです」
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