彼:
愛媛県松山市在住。
ある意味では松山市を象徴している、街中を走る路面電車の雰囲気が好きらしい。

後輩:
愛媛県松山市在住。
夕刻、しばしば道後温泉付近を散歩している。色町に踏み入らないように注意すべし。


◆【20160607】
「本格派の人には怒られそうですけれど、炒飯を作るとなれば、ついついお米を卵かけごはんにしてからやっちゃいがちです」
「炒める前に、生卵を白飯に馴染ませておくのだな。この方法を用いれば、米粒に均等に卵が塗されて、理想的なぱらぱら具合とするのも容易だろう。恥じることなどないではないか」
「あはは、だといいのですけれど。すくらんぶるえっぐがお米に混じっている、という伝統的な炒飯のスタイルからは、やっぱり反してしまうものなのかなあと」
「とは言うが、あれは中華料理屋の高火力な焜炉があるが故のものだろう。市井に暮らす我々は我々で、我々に出来る最善を尽くす。火力が足りぬのであれば、それに見合った方法を取る。素晴らしいことじゃないか」
「……ん。なんだか自信持てちゃいました。ありがとうございます、先輩」
「うむ。……しかし、まあ」
「ん。先輩?」
「炒飯とは素晴らしい。具を選ばぬ。冷蔵庫の中身が全て適する具材と転ずる。それに何より、単純に――」
「ふふ。――おいしい。ですね?」
「正解だ」
「さあさっ、先輩!」
「うむ」
「今日は私が、ごはんを作っちゃいますよ。ちゃーはんやっちゃいますっ。卵とレタス、にんじんとソーセージとえりんぎと、ついでに消費期限が明日のしらす。ぜんぶぜんぶ混ぜ込んで、色鮮やかな炒飯を作っちゃいますっ!」
「頼む。助かる。楽しみだ」


◆【20160607-2】
「にゃー。にゃおにゃお」
「ふむ」
「わおーん。わふわふ」
「ふむ」
「……というわけで、先輩先輩」
「うむ」
「建築用語で、犬走りってあるじゃないですか」
「犬走り、か。建物の周囲に張り巡らせる床のことだな。コンビニのそれを想起すれば分かりやすいが、多くはタイルを用いて築くものだ」
「猫歩き、というのもあるじゃないですか」
「キャットウォーク、か。体育館や会議場など、大規模かつ天井の高い空間において、高所の壁に設えられた通路だな」
「流石、先輩。ものしりです。……何はともあれ、私は思ったわけなのですよ」
「何をだ?」
「犬走り。猫歩き。いぬ。ねこ。――これはもはや、この国にある建物というものは、実は人間の為じゃなく、すべてわんちゃんやにゃんちゃんに向けて作られているものなんじゃ!?」
「……わんちゃん。にゃんちゃん」
「ええ、ええ」
「……何と言えばいいのだろうか。その言い方が、どうしようもなく可愛いな」
「にゃにゃっ!?」


◆【20160608】
「ここ最近、ちょっと悩みがありまして」
「悩み、か。聞いていいのなら聞くが」
「まあ、その、何と言いますか。……私、頭が弱くなりすぎてないですか?」
「……。頭が?」
「ええ、頭が。つい先日の『わんちゃん』『にゃんちゃん』なんかもそうですけれど、語彙や口調がなんだかふにゃふにゃになっているような気が。昔はもっと、……『もっと』とまでは言えないかも知れませんけど、少なくとも今よりは、きっちりとした言葉遣いをしていた筈なのですが。これはもう、いわゆるところのキャラ崩壊というやつですよ、キャラ崩壊」
「キャ、キャラ崩壊……?」
「ですですよっ。危ないです。ぴんちです。解釈違いで殺し合いが起きちゃいます!」
「……誰と誰が殺し合うのかは知らないが。しかし、それは……まあ、月並みな言葉になるが、人とは絶えず変わりゆくものだ、という事実の顕現なのではなかろうか。キャラクターならば態度や言動に齟齬があってはならないが、しかし君は物語の中の登場人物でなどありはしない。ならばこそ、呈する性格が変わりゆくのは道理だろう」
「でもでも、先輩。先輩が好きになって下さった時の私からは、かけ離れちゃってるかもですし」
「ふむ。……感心せんな。然なる一方的な物言いは」
「……うう。面倒臭い子で、ごめんなさい」
「いや、なに。面倒臭さならお互い様だ。――いや、否か」
「ん、えと、否……?」
「俺の面倒臭さを舐めていてはいけないな。君程度では俺には決して追い付けまい。ひれ伏すがいい、俺の面倒臭さの圧倒的な力の前に」
「うわっ、かっこよくないけどかっこいい!?」


◆【20160609】
「破廉恥な昔語りをしたいのだが、構わないだろうか」
「なんですか、その過去に例のない前衛的にして先鋭的な質問は!? ……いえ、その、先輩が語りたいことでしたら、たぶんだいじょうぶなのですけれど」
「そういうものか」
「だって、先輩。たまにおかしな話はされますけれど、本当に私を傷つけるようなことは、絶対に仰らないじゃないですか」
「……その信頼は地味に心に痛いものだが。であるのならば、聞いていて欲しい」
「ど、どうぞどうぞっ」
「この短い一生の更に短い一期間、深夜のコンビニで働いていたことがあるのだが」
「ふむふむ。深夜でしたら、大学生の頃ですね」
「そうなるな。ともあれ、その日は俺しかシフトにおらず、一人でコンビニの種々様々な作業を回していた。詳しい説明は割愛するが、まあ、色々だ」
「あー、コンビニというと、実際色々でしょうねえ」
「うむ。……而して、業務中の暇を縫った休憩時間に、なにやら来客があった。その客は男性であり、単独であった。奇抜な装束を着ているようであったが、一見したにおいては、なにかホットパンツのようなものを穿いているのかと思われた」
「む、ふむふむ……?」
「その男はおにぎりの棚に直行し、暫くの物色のあと、シーチキンと辛子明太子のそれをレジに持ってきた。そのさなかに俺は気付いた」
「な、なににですか?」
「その男が、下半身に何も身に付けていない、つまり露出狂であったことにだ」
「わあ……、わー、わああー……」
「そのまま俺は、その男におにぎり二つを売った。そして露出狂は帰った。……それだけの話なのだがな」
「たっ、確かにはれんちでしたけど。……その、先輩、諸々だいじょうぶだったのですか? こころとか、からだとか」
「君が想像しているような問題はなかったが。……ともあれ、その日、俺は一つの教訓を得たものだ」
「きょ、教訓を」
「『男性が外出する場合、下着やズボンを穿いていた方がよい』とな」
「そしてまさかのここからの、至極真っ当な大正論っ!」


◆【20160610】
「ありますよねえ」
「ふむ。何がだ?」
「あれです、あれあれ。旅行の予定なんかないのに、ついつい宿の予約サイトを見ちゃったりとかする行為」
「あるな。よくある。価格を見比べ、予約状況に一喜一憂したりする。……実際に行くわけでもないのにな」
「うぇるかむこーひーが嬉しかったり。朝ごはんがバイキング、という文字に心が踊り上がったり。……実際に行くわけでもないのにですよ」
「うむ。実際に行きはしない……」
「ええ、実際に行くわけじゃない……」
「……行きたいものだな。実際に」
「……行きたいものですよー。実際に……」


◆【20160611】
「『温泉旅館は宿泊代が高いものだ』と思いがちですけれど、案外そうでもないのですよね」
「うむ。……そもそも旅の宿代というものには、決まった値段があるわけじゃない。カプセルホテルでもない限り、毎日単位で変動がある。こと夏休みの土日などにおいては、値は天文学的に跳ね上がる」
「時期だけじゃなく、立地もだいじな条件ですよね。JR駅周辺はぐいっと値段が上がりますけど、送迎バスでしか行けないようなところなら、あんまり変化がありません。……ほら、みてみて先輩」
「『じゃらん』の検索画面か」
「駅から徒歩五分のビジネスホテルは、一泊一万二千円。一番安いときの三倍です。でも、こっち……山間にある温泉旅館は、一泊たったの五千円。しかもこれ、年中ほとんど変わってないみたいなのですよ」
「ふむ……。これは、確かに安い」
「おふたりさま限定みたいですけどね。……でも、むふふ。先輩と私でしたら、そのあたりも問題なんてないですし」
「……それはともあれのこととして、何やら良さげな宿ではあるな。詫び寂びがある。夕食で供されるらしい、瓦蕎麦というのも気になることだ」
「広縁、と呼ぶのでしたっけ。和室の奥の、板張りのスペースもいい感じです」
「写真によれば、ここから月も見えるようだな。惹き付けられるものがある」
「ねえ、先輩。――これ、狙い目なんじゃ?」
「ね、狙い目かも知れん」
「……」
「……」
「……行っちゃいます?」
「い、行ってしまうのか……?」
「……」
「……」
「……さあーって、予約画面をぽちっとな」
「何たる軽挙!」


◆【20160612】
「眠るのが好き、……だと、思っていたのですけど」
「違うのか?」
「より正確に言うのなら、眠ることそのものではなくて、意識が落ちるか落ちないかの瀬戸際で、ぼんやりしているのが好きなのだなあと。好きというか、きもちいいのだなあと」
「……ああ。肯える話だな。人が二度寝を求めてしまうのも、或いは覚醒直後の心持というものが、とみに快くあるが故のことかも知れん」
「ですですよ。……んふふ、この時期はタオルケットがいいのです。くしゃっと抱くのがいいのです」
「うむ」
「ちょっと冷えてきたような気がしたら、そのときは先輩を抱けばいいですし」
「う、うむ」


◆【20160614】
「温泉といいますと、われらが道後温泉なわけですよ」
「うむ。あれこそまさしく、松山市民の誇りだろう」
「中でもやっぱり、道後温泉本館です。……六棟もの建築物によって構成される、古めかしくも美しく、また荘厳でもある佇まい。もう溜息しか出ないことです」
「特に冠山の遊歩道、『空の散歩道』からの眺めは素晴らしい。こと夜間においては、幻想世界に迷い込んだ心持にさえなるだろう」
「ですですよっ。ぜひぜひ湯上り心地のお散歩がてら、浴衣を着て眺めてみてほしいものです」
「そうだな。また言うならば、道後温泉本館のすぐ左手にある、地ビールを出す飲み屋で一杯やるのもいいだろう」
「『道後麦酒館』ですね。びーるかんじゃなくて、ばくしゅかん。お酒が飲めない私でも、あそこの雰囲気は大好きです」
「焼き鳥もよいし、その他酒肴も良質だ」
「……と。そんなこんなで」
「ああ。そんなこんなで」
「以上、松山市民からの宣伝でした!」
「金は一銭も入らないがな」


◆【20160614-2】
「……ちなみに、先輩。道後温泉本館には、ひとつ秘密があるのですけど」
「ふむ。俺でも知らないようなことなのか」
「ええ。松山市役所と愛媛県庁が抱える重要機密」
「それは……、また、何というか、何だ?」
「実はですね、先輩」
「あ、ああ」
「道後温泉本館は、ロボに変形するのですよ!」
「……何と!?」
「『栗タルト』シールドと『坊ちゃん団子』ソードを装備した、松山市の決戦兵器。明治二十年代の改築の際、ひそかに変形機構が組み込まれていたのです」
「何という歴史の闇か。……ちなみに聞くが、その道後温泉ロボとやらが戦う敵は?」
「今だと和歌山県ですね。みかんの生産量で負けてますから」
「た、確かに対抗意識がないではないが……」
「ピンチになったら、最終装備、『からくり時計』ドリルも発動可能。和歌山城ロボは木端微塵!」
「和歌山城もロボになるのか!?」
「ちなみに道後温泉商店街は、出撃カタパルトとして機能しますよ」
「あの商店街はL字型だが、大丈夫か?」
「……というわけで、道後温泉をよろしくお願いいたしますっ!」
「まるで宣伝になっていないぞ」


◆【20160615】
「先輩は、メイドさんとかお好きみたいですけれど」
「……。正直なところを言うのなら、、忘れて欲しい話題ではあるのだが。されど確かに、そのような文言を零す機会は、あったような気もするな」
「だったら、先輩。……ねえ、先輩」
「あ、ああ」
「もしも私が、ふりるいっぱいのエプロンを着て、先輩がお帰りになられたときに、こう言ったなら」
「……」
「『お帰りなさい、ご主人様』と。……こんなふうに、言ったなら」
「……ああ」
「先輩は、それを喜んでくれますか。それを癒しにして頂けますか?」
「……否定は。しない」
「ん……」
「だが、俺は、君の『御主人様』ではなくて、君の『先輩』でいたいと思う。俺の穢れた趣味嗜好がいかなる場所にあるのだとして、俺は、君に、君だけに、先輩であると呼んで欲しい。――『お帰りなさい、先輩』と。どうか、願わくば、そのように挨拶をして欲しい」
「う、……うぁ」
「身勝手にして傲慢極まる欲求ではあるのだろうが、だがこれこそが、俺の本心からの願望だ」
「だからもうっ。だからもうっ、だからもーっ!」
「……」
「だから、そんなだからっ、私はっ、先輩の、先輩のことが大好きなんですよっ、私はっ! 先輩、先輩、先輩先輩せんぱいっ!」
「はは。相思相愛で助かった。俺も、俺の後輩としての君が大好きだ」
「うー……うぁーっ、もーっ!」


◆【20160616】
「あ、おはようございます。先輩」
「……うむ。おはよう。すまん、惰眠を貪っていただろうか」
「いえいえ、まだ五時半です。これから二度寝もだいじょうぶ。……それにしても、降ってますね」
「雨、か。昨日の予報通りとなったものだが、しかし、夏雨か」
「ええ、夏の雨です。夏に降る雨。夏の夜明けに降り落ちる雨」
「……入り込んできているな、あの香りが」
「ん。入り込んできてますね、あの香りが。……青灰色に潤んだ空が零した涙の粒が、アスファルトに吸い込まれたときに立つにおい。甘くて、懐かしくて、いつも泣きそうになるような」
「ああ……」
「私、ずっと思ってたんですよ。こんな鈍色の世界の中で、雨の格子に閉ざされて、ずっと降り籠められていたいなあ、と。先輩と、たったふたりで、ふたりきりで。それ以外には誰もいなくて、ただ雨降りの音だけが聞こえてて」
「……同意しよう。だが現実においては、そうもいかないのが辛いところではあるな」
「あはは。ですよねえ……」
「しかし、まだ二時間程はある。この湿った匂いと音響が作る景色の中で、まだ二時間程は君といられる」
「……。んっ」


◆【20160622】
「ベーゴマを買うことについて、考えてみることがあるのです」
「何やらにして、持って回った言い回しだな。ベーゴマだけに」
「……先輩?」
「すまん。……しかし、『ベーゴマが欲しい』、というわけではないのだろうか」
「ですね。ベーゴマを買ってみたときのことを、ちょっと想像してみるのです」
「ふむ」
「ええと、こんな感じで。……昔ながらの商店街で、おもちゃがごちゃごちゃに詰め込まれた箱の奥から、ふと見付けちゃったりしちゃってですね。値段も百円ぐらいだし、たこ糸も家にありますし、ちょっと触ってみようかなあ、なんて」
「うむ。手に取りたくなる気持ちは分かる」
「意気揚々、お家に帰って、スマートフォンで糸の巻き方なんかを調べたりして」
「こうした調査も、今はインターネットが手早いか。時代の流れを感じるな」
「そういうわけで、早速回してみたいわけですよ。……でも帆布なんてありませんから、机の上を片付けて」
「バケツに布を張り渡したものが、伝統的なベーゴマの遊戯台であったな。現代社会の一般的な家庭において、すぐさま取り出せるようなものではないか」
「綺麗にした机の上に、ごーっ、しゅーっ。……で、机は平らなので、ベーゴマは落ちます」
「掛け声は気になるところだが、まあ、落ちるだろうな」
「そこで私は、思うのですよ。……ああ、ベイブレード用のスタジアムを買わなきゃなあ、と」
「そこは帆布を買うべきではないか!?」
「と、いうわけで。……私はたぶん、ベーゴマを買うぐらいなら、ベイブレードを買ってきちゃうと思います。どのみち買いませんけどね」
「そ、そうか。……しかしながら、考えてもみれば」
「ん。先輩?」
「かの男児向け玩具にしても、ベーゴマ同様、もはやノスタルジアに属するものではあるのだろうか、と」
「あはは。いちおう今も、新しいのが出てたりはするみたいですけどね」


◆【20160624】
「ぁ、――あぁ」
「すまん。少し遅くなったな」
「せん、ぱい。せんぱい。先輩先輩、せんぱい……」
「……。遠慮はするな。来るといい」
「うぅ、……ん、……」
「しかし、何だ。顔色が悪いように思うが。眼元に隈さえ出来ている。……訊ねて良いのか分からぬが、何があった?」
「……、それは、あの、先輩」
「ああ」
「私、昨日、眠れなくて。なんでもない日の筈なのに、なんでもないことの筈なのに、それでもなにかが、ぐるぐる巡って。厭なものが。形のない暗いなにかが」
「……」
「あと六時間、眠れるから。そう思って、でも六十分眠れないまま、だけどまだ五時間はあると思って、それでも次の一時間も眠れないまま、四時間になって、三時間になって、焦りだけが積み重なって、もう時計を見るのをやめて、いつか朝になっていて」
「……。そうか」
「だから、先輩。今日は金曜日で、一週間が終わりを告げる日で、……この部屋で、先輩のお部屋で、先輩と一緒の布団で眠ることが出来るのを、ただひたすら願って祈って」
「……なるほど」
「先輩……」
「……うむ。そういえば、俺も今日は疲労色濃い。未だ夕刻ではあるのだが、早速風呂を沸かすとしよう」
「ぁ……」
「そして八時には就寝だ。極めて健康的。悪くなかろう」
「……うぅ。ねえ、先輩」
「どうした」
「もう何回も言いましけど、今ここでまた伝えます。本当のことだから。これまでも今もこれからも、絶対に変わりはしない真実だから」
「……」
「大好き、です」


◆【20160625】
「きゅーじつっ、ですっ。きゅーじつのっ、朝っ、ですよっ!」
「うむ。休日だ。違うことなく、紛うことなく、いかにも休日の朝である」
「……あはは。ごめんなさい、先輩。昨日はなんだか、とってもみっともない姿を晒しちゃいました」
「いや、なに。今更だろう。君は俺の後輩で、俺は君の先輩だ。であるが故に、俺は先輩として、君の如何なる姿も受け入れる」
「ん……」
「否。受け入れる、という文言は烏滸がましいか。……君に対して、平素、俺は弱い姿を見せてばかりだ。であるからして、君が俺を頼ってくれるのは嬉しい。単純に、嬉しい」
「……うぁ。……ぁは、あはは。本当に、もう、先輩は。私をどこまで惚れさせたなら、気がお済みになるのでしょうか。先輩大好きゲージが振り切れて、そろそろ爆発しちゃったりとかもしますよ、もう、もうもう」
「う、うむ」
「今ここで、今この瞬間に、先輩だいすき儀式を執り行いたいぐらいです」
「……その暗黒儀式なるものの実態は杳と知れぬが、まあ、やめておけ」
「はーいっ。……それで、先輩」
「うむ」
「さっきも言っちゃいましたけど、今日は、休日。先輩、なにかご予定とかはありますか?」
「いや。特に決めているというわけではないな」
「じゃあじゃあ、先輩。映画を借りにいきましょう」
「レンタルか。何か観たいものがあるのか?」
「いえ、具体的にはないのですけど。……えっと、わがままでごめんなさい。でもでもですよ、なんだか今日は、レンタル映画の気分なのです」
「気分であるなら、仕方ない。折角ならば、景気の良いものを観るとしよう」
「あくしょん! ばくはつ! はっぴーえんど!」
「うむ。俺も然なる心持だ。アクション。爆発。ハッピーエンド」
「んっ。……はー、もう、先輩」
「ああ」
「先輩が先輩で、何と言うか、本当によかったなあって思います。もう、本当に、幾ら言葉を乗せても積んでも足りないぐらい、先輩のことが大好きです」
「……。そうか」
「……あは」
「……」
「そうやって、無言で頭を撫でて下さるのも、私はやっぱり好きなんですよ」


◆【20160626】
「さて」
「……んっ」
「飯を食い、風呂にも入り、寝際となった。これから我等は電気を落とし、月曜の朝、情け容赦なきブルーマンデーの開幕に備えねばならぬ。一間の眠りを甘く貪り、後ろ髪引かれるように味わうのであるだろう」
「ん。……ですね。眠気はどうしようもなく訪れて、どうしようもなく休日を終わらせてゆく。どうやったって、抗えない。時間はただ進むままに進む。土曜日は、日曜日は、ただ淡々とした四十八時間として、あっけなくも終わりゆく。分かっています。分かっているのです」
「うむ。違いない」
「ですです、よ……」
「……ならば。ここで、一つ、刺激的な話をするとしよう」
「ん、えと、刺激的……?」
「――焼きおにぎり、という存在を、君は知っているだろうか」
「えっ、……ええ、焼きおにぎり? いや、その、それは、もちろん知っていますけれど。何で突然、そんな話を……?」
「いや、特に明確な理由があるのではない。しかし、突如思い浮かんでな。……こんがりとした焦げの香りを浮き立たせる、綺麗な色に焼けた米粒。フライパンから立ち上るのは、バターと醤油の絡まる薫香」
「……う、うぁ」
「バター醤油は鉄板であるのだろうが、それとは別に、味噌焼きおにぎりという形もあるな。香ばしく焼かれた味噌なるものは、それはそれは美味かろう。白米の滋味がそれと絡まり、ノタスタルジックな甘味で以て誘うだろう」
「う、あ。おいし、美味しそう。ああぁ……」
「ふ」
「――なんでっ。どうしてっ。先輩はっ。こんなっ、こんな深夜にっ、焼きおにぎりの話なんかを!?」
「は、はは、ははは、はは」
「……!?」
「狂ったのさ。俺は狂ったのさ。であるが故に、俺は今から冷凍庫の白飯を解凍し、握り、フライパンで焼く。これを止めることは出来ない。何故なら俺は狂ったからだ。焼きお握りを食したいが余り、全ての正義を捨てたのだ」
「じゃ、じゃあ、……うぅ、わっ、私も! 御相伴に! 預かりますっ!」
「……うむ。我が邪悪暗黒深夜焼きお握り帝国は、新たな人員を否定しはせぬ」
「ふ、あは、あはは。めがさめました。私も今や、邪悪暗黒深夜焼きお握り帝国の一員です。なのだからして、悪の所業、深夜に焼きお握りを握って焼いて食べるという暗黒行為を、一切の衒いなくしてみせる……っ!」
「はは! ははは!」
「あははっ、あはっ、あははははっ!」


◆【20160628】
「先輩、とは何か。後輩、とは何か」
「……先輩?」
「すまん。わけのわからぬ戯言だろうが、どうか聞いていてくれ」
「ん。分かりました。……どんなお話だとしても、不肖、後輩。聞き届けます」
「ありがとう。……君は俺の後輩で、俺は君の先輩だ。そこに理屈は存在せぬが、それでも確かな真実だ。それでいい。それだけでいい。そう認め肯っている。その事実こそが俺を俺たらしめている。説明など必要はない」
「……」
「だが、それでも、時折考えることがある。……先輩、とは何か。後輩、とは何か。それは何であるのか。何が要因となり、人と人とは、先輩後輩として定義されるか。立場か。思慕か。年齢か」
「……」
「否。否だ。恐らく、きっと、そのようなことはどうでもいい。――君が、俺を、『先輩』と、そのように呼ぶ。それだけが、ただそれだけが、君と俺とを、先輩後輩であると位置付けている。儚い言葉が。平仮名四文字、漢字二文字の日本語が。それを乗せた空気の震えが」
「……」
「君が俺を呼ぶ都度、君の声が俺の意識を揺らす都度、俺の世界に熱が生まれる。光が生まれる。……それが全てであるのだろう」
「……ん」
「これで終わりだ。これだけ、君に、伝えたかった」
「だったら。……ねえ、先輩」
「ああ」
「だったら。先輩。私は、……私は」
「ああ」
「『先輩』、と。何度でも、何度でも、先輩のことをそう呼びます。呼び続けます。他の何が潰えても。たとえ世界が滅んでも。今までも、今も、これからも」
「……ああ」
「ふふ。先輩」
「ああ」
「先輩。先輩せんぱい」
「ああ」
「先輩先輩先輩先輩、先輩先輩せーんぱいっ!」
「……ああ。ああ……」


◆【20160703】
『先輩からお電話なんて、珍しいですね。あの、どうなさいました?』
「いや。大した事情はありはしない。つまり、俺はだな、俺は、ホラー映画、そうだ、ホラー映画を観ていてだな」
『え、ええ。ホラー映画。んー、えと、じゃぱにーずほらー?』
「そうだ。ジャパニーズホラーだ。恐るべき来歴のある家屋に入り込んだ者どもが、並べて呪いを受けるという筋立てのものだ」
『あー、あはは、はい、はい。かやこですねえ、としおですねえ』
「そうだ。……うむ。そうだ」
『……』
「……」
『……で、あの。先輩。あの、先輩、そのですね。ごめんなさい、ぶっちゃけて聞いちゃいますが』
「う、うむ」
『今、こわい?』
「……」
『お部屋にひとりでいられないぐらい、こわい?』
「……」
『こわいんですね』
「……。ああ。認めよう」
『ふ、ふふ。あは、あはは。……かわいい。かわいい。すっごくかわいい。もうどしようもないぐらいにかわいい。あは、あははっ、私が、私が大好きな先輩が、ホラー映画に恐怖して、ついつい私に電話を掛けちゃうなんて』
「……」
『えへへ。大丈夫です、大丈夫ですよーうっ。今すぐ私が、先輩のもとに駆け付けちゃいますっ。駆け付けて、ぎゅっと抱いちゃったりしちゃいますっ。へへっ、えへへっ、先輩、待ってて下さいねーっ!』
「待て。よせ」
『え、あ、はい?』
「今現在、時刻は九時を越えている。君を一人で、かくなる夜道を歩かせるわけにはいかん。……勝手ですまんが、迎えにゆく。待っていろ」
『紳士っ。紳士だ!』


◆【20160703-2】
「えへ。えへへ。そういうわけで、どうも、はい、後輩です」
「……」
「あのですねー、今はですねー、先輩のお部屋からですねー、現場の模様をお届けしちゃったりしていますっ」
「……」
「さて。先輩は、ホラー映画が怖いがゆえに、私をお部屋に呼び寄せました。その見返りとして、私は愛すべきこの先輩に、おねがいをひとつ聞いて頂くことに相成りましたっ」
「……」
「そういうわけで、私は今、先輩のおひざに頭を預けているのですっ。えへへっ、耳かきをして頂くのですっ」
「……」
「こういう姿勢の耳かきって、出てきたかすが、耳の穴に落ちてしまうからよくはない、とも聞きますけれど。でもでもですよっ、そんなことはどうだっていいのです」
「……」
「実はですね、私、生まれてこの方、耳かきなんて、して頂いたことはないのです。昔、先輩に提案して頂いた時も、何だかんだで流れちゃいましたから。……だから、これが、ふふ、はじめての体験だったりしちゃうのですよっ」
「……それは。ならば、つまり」
「ん、うにゃ……」
「誓おう。俺は誓おう。我が魂を賭して誓おう。……俺は此度の耳かき行為において、君を十二分に満足させる。ここにおいて、遠慮などせん。覚悟せよ」
「……ぁ、はいっ、はいっ……!」


◆【20160704】
「……謝罪。そう、謝罪を、させて下さい」
「よかろう」
「私のですね、昨日のはしゃぎっぷりと言いますか、その、耳かきがですね」
「うむ」
「耳かきと、それと、……あの後、たぶん、凄く、おかしなぐあいに乱れちゃってて、ごめんなさい。頭がわあって沸騰してて、きちんと覚えてないのですけど」
「……」
「わ、私、……変なことを言ったり、したり、しました?」
「……」
「先輩……」
「……。この世には」
「は、はい」
「知らぬ儘にしていた方がよい事柄もある。覚えていないというのなら、それが君の為になろう」
「う、……うあぁ……」


◆【20160705】
「……少し、考えてみたのだが」
「ん……」
「人と人との関係性は、君と俺との付き合い方は、とこしえに同じ形をしているものではないのだろう。言うなれば、大河の流れに似ているか。河は河だが、流れる水は、揺蕩う水面は、常なる変化の内にある。そしてまた、河の岸辺の地形もそうだ。悠久の時が去りゆくのに従って、河たる本質は維持したままで、されど少しづつ変わりゆく」
「……」
「俺達の人間関係という相においても、その事実を認め肯い、受け入れるべき時が来た、……のかも、知れん」
「あの、先輩。それって、……それって、その、つまり」
「うむ」
「『そういうこと』、なのですか?」
「……『そういうこと』だ」
「私は……私は、もしそうなったなら、とてもとても嬉しいのですけれど。嬉しくて、舞い上がって、頭がおかしくなってしまいそうになるのですけど。……でも先輩は、これまでずっと、私のことを」
「……すまん。俺も、然程冷静にはなれてはいない。……然程? いや。正直に言えば、混乱している。それでも俺は、俺も、君と同様の欲望を、確かにずっと持っていた。今も持っている。それを隠しておきたくはない」
「……、っ」
「もし良ければ。君と、これまでしてこなかったような事々を、少しづつ、そう、少しづつだな」
「――はい。……先輩、ええ、先輩。私は経験がありませんから、だから、色々教えて頂きたいな、と。教わって、知っていきたいな、と。先輩と。私の好きな先輩と。そんなふうに、思っています」
「……。ありがとう。そして、尽力する」
「……ん」
「……」
「……あは。すごいことになっちゃいましたね」
「ああ。そのようだ」
「むふふ。手始めに、どうします? 最初ですし、こう、軽めに……」
「う、うむ」
「えっちなビデオの鑑賞会でもやりますか?」
「天を貫くが如きハードルの高さ!」
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