彼:
ロリータコンプレックス者ではない。
が、控えめな胸の膨らみに関するフェティシズムを持つ。

後輩:
上腕三頭筋が好き。鎖骨も好き。頬や顎の骨格も大好き。
なお、耳を触られるのに弱い。とても弱い。自分でも驚く程に弱い。


◆【20151231】
「ふふふっ。兄さんっ」
「……今年もいよいよ暮れゆこうというあわい、何を急に唐突に」
「今年もいよいよ暮れゆこうというあわい、だからこそです。いっそ大晦日の風物詩です。むふふ……さあ先輩。『お兄ちゃん』でもなく『お兄さん』でもなく『兄ぃに』でもない、先輩のお好きな『兄さん』という呼称について、思うところを想うところを、本心のままにぶちまけちゃってくださいなっ!」
「君がそこまで言うならば。……覚悟はいいな?」
「あ、……は、はい?」
「警告はした。俺の認知する世界において、妹が使う呼称など、年の瀬に語るべきことでなどない。だが君は豪語した。『いっそ大晦日の風物詩』だと。――であるからして、覚悟はいいな? 俺の欲望を受け止める心構えは、君の内部にもはや醸成されていると見ていいな?」
「え、ええー……、あー、その、お手柔らかに――」
「まず『お兄さん』と『兄さん』は、『お』という接頭語が付くか否かで異なってくる。前者においては、一見丁寧なようでありながら、逆にその実からかうような、媚びるような、また或いは阿るような響きが内包される。客引きが男性を引き留める折や、年嵩増した男性が若造を呼ぶ際に用いられることからも、それが読み取れようというものだ。だが『兄さん』という場合には、一種のぶっきらぼうさ、硬さが表出しているのだと評せよう。これは血縁のない義兄妹、また生き別れとなっていた兄妹が――」
「……うわぁ……」

「――あ、ああっ。先輩。『ゆく年くる年』も始まりまして、どうやら今年もあと少し――」
「除夜の鐘などに逃げるんじゃない。まだ話は終わっていない。――次に屋敷住まいの兄妹、というファクターを考慮に入れてみるとしよう。ここで重要な要素といえるのは――」
「煩悩っ! 煩悩っ、全然なくなってないですよ!?」


◆【20160101】
「あけましておめでとうございますっ、先輩」
「うむ。あけましておめでとう」
「……って、一体何がおめでたいのかは、いまいちぴんと来ませんけどね」
「同意するところだが、それは言わぬ約束だ。往々にして、目出度きこととはそういうものさ」
「ふむふむ。何はなくとも、ともあれめでたいわけですか」
「違いない」
「そういうことなら、今日一日は、そこはかとなくめでたい感じで行きましょう」
「悪くはないが、具体的には如何にする?」
「そうですねえ。……先輩、ちょこっと失礼します」
「待て。何を――」
「よいしょっ、と。……むふふ。正座している先輩の腰に、またがらせて頂きましたっ」
「……」
「そしてそのまま、先輩の胸板に、頬をぴたっと」
「……」
「ん、……ふふ。いやはや、おめでたいことですよ」
「……全く。察しているかは知らないが、君がこうして密着して来る都度に、俺はどうしていいか分からなくなっているのだが」
「どうしていいか分からないなら、どうにかしちゃえばいいのです」
「……」
「それでそこから、どうかなっちゃえばいいのです。……ね」
「簡単に言ってくれるが。……では」
「ひゃ……」
「ふむ」
「うぁ、あのっ。耳は……んぅっ、――や、」
「……」
「――っ!」
「……と、こんなところだ」
「ん、はぁ……ふ」
「さて。君の側は、どうかなったか」
「ふぅ。……そういう先輩も、どうかなっちゃいました?」
「……」
「……」
「……目出度いな」
「め、めでたい!」


◆【20160105】
「……」
「……」
「……んむー」
「……」
「……」
「ああ……」
「……んー?」
「いや」
「あー、ですかー」
「……」
「……」
「……」
「……ん、ん。……こんな日も、ありますかねえ」
「うむ。あるな」
「んぅ……、ふぁ――」


◆【20160106】
「レジで前に並んでる人のかごって、どうにも視線が引き寄せられちゃいません?」
「分からなくはないことだ。清算順序を待つあわい、為すべきことも他にないしな」
「ですね。まあ、お行儀はよくないのですけど。……特に、大学生っぽい方の買い物かごが面白いです」
「ふむ」
「飲み物ばっかり買ってるなあ、とか。今夜はパーティでもするんだなあ、とか」
「ああ。確かに、鍋の買い出しなどは露骨だな」
「そうそう、お鍋。今日見たひとは、半額のキャベツひと玉、にらともやしと、豆腐にホルモン、それからばっちりラーメンまでも。次に並んでいたお連れの方は、ビールや何かの缶のお酒を。これはもう、もつ鍋以外の何かでは――」
「いや、待て。その判断は早計だ」
「そ、そんな!?」
「想定され得る可能性とは、常に多角的であるべきだろう。……牛もつを祭壇に捧げ鑑賞しつつ、にらともやしをひたすら生で食みながら、ビールを飲み続ける会かも知れん」
「何ですか、その邪悪な儀式!?」
「豆腐は合間の口直し、ラーメンは……特に会とは関係のない、言わば備蓄なのかも知れん」
「じゃ、じゃあ、キャベツは……」
「それはうさぎさん用だな」
「うさぎさん用!」


◆【20160107】
「あれ、先輩。先輩が炊いて下さった、今日のごはんは……」
「気付いたか。流石、よい舌を持っている」
「……んむ。なんだかこくがあるような、どこかなぜだか懐かしいような、ちょこっと塩気があるような、ごはんがおかずになっちゃうような。……うーん……」
「ヒントとしては、『鋏でカットして使う』だな」
「……あ、先輩。ひょっとして、乾燥こんぶを炊き込みました?」
「正解だ」
「おおー。いやはや、話には聞いてましたけど、これは侮れないものですねえ。……もう一口、失礼します」
「学生時代、一時期ばかり試していてな。……どうだろう。悪くなかろう」
「ん……んっ。……ええ、美味しいですっ」


◆【20160109】
「『お風呂に入ると、どこから洗う?』……というあれは、なにかの世界で定番になっているようですけれど」
「より具体的には、チープな類のラブコメディの世界だな。……して、それが如何にした?」
「あれへの定番の返答として、『洗面器から洗う』というのがありますけども」
「あるな」
「あの、先輩。……お風呂に入って、洗面器って、洗います?」
「……。別段、一々、洗うことはないと思う」
「ですよねえ」
「うむ……」
「あはは……」
「――ちなみにではあるのだが、君は身体を何処から洗う?」
「こ、ここでそれ聞いちゃいますか……?」
「しかし改めて考えてもみれば、何処から洗浄するかを知ったとて、一体何がどうなるというのだろうな」
「ここでそれ言っちゃいますかっ!?」


◆【20160109-2】
「……わかりました。先輩、今日はいっしょに入りましょう。いっしょにお風呂、入りましょう」
「……なんと」
「そうすれば、どこから洗うかわかりますよね。案ずるより産むが――うぁ、じゃなかった、百聞は一見にしかず、というやつですよ。もう一見どころか百見どころか千見と、じろじろ見て下さって構いませんから。……い、いろんなところ、すみからすみまで」
「……いや」
「だ、だいじょうぶです。私ならだいじょうぶです。そりゃ恥ずかしさはありますけども、覚悟ならもう、ええもうきっちりばっちりと――」
「……」
「……」
「……」
「あ、あはははは……」
「……はは、ははは」
「何でもないですっ、ごめんなさい!」


◆【20160114】
「おや、先輩。のんあるこーる?」
「なに。減酒でもと思ってな」
「先輩は、減らすほど飲んでおられないとは思いますけど。……えっと、ところで」
「うむ」
「実際のところ、どうなのですか。のんあるこーるびーるって、断酒にほんとに役立つものなのですか?」
「……実際のところ、そうでもないな。ビールの類とは似ても似つかぬ、不味いばかりの炭酸水だ」
「え、ええ……」
「だがまるで無益でもない。『ノンアルコール飲料を買う』という行為を以て、断酒意識を向上させる意味では価値がある」
「あー、なるほど。味や成分そのものではなくて、パッケージに効果があると」
「うむ」
「ふむふむ。ちなみにこれも興味本位なのですが、その『まずい』という味については……?」
「そうだな。……酸味のある麦茶……麦茶? 否、トマトジュース……」
「……うわ」
「……スパークリングトマトテイスト麦茶飲料、といったところか?」
「あ、あはは。それはまた、なちゅらるに美味しくなさそうな。何ですかその、名状しがたい下手物は……」
「なお酒代わりに飲むのなら、レモン味の炭酸水、乃至はゼロカロリーコーラの類が有用だ。是非に試してみるといい」
「どこ目線っ!? 誰に向かって言っておられる!?」


◆【20160115】
「未成年者は、酒を飲んではならないことになっている。健康被害を鑑みて、法定されている事柄だ」
「未成年飲酒禁止法、でしたっけ。妥当性のあることですね」
「……ところで。酒とは一体、何であろうな」
「えっと。……『アルコールを含んでいる飲料水』、じゃなくてですか?」
「それがだな。酒税法上、『アルコール濃度一パーセント以上の飲料水』が、酒類として定義付けられている。一・一パーセントであれば酒。○・九パーセントであれば、清涼飲料水というわけだ」
「あー、でしたね。一部の栄養ドリンクや、クリスマスのしゃんめりーなんかにしても、いちおうアルコールは入っているのでしたっけ」
「うむ。そして君が挙げた類のものは、特に未成年者の摂取を制限されていない」
「ふーむ。お酒と言っても、結局は、アルコールの多い少ないが基準なのですねえ。つまり完全な規制というのはありえな――って、あ、あれ?」
「気付いたか」
「……はい。先輩がよく飲んでおられる発泡酒、あれは五パーセントぐらいでしたよね」
「うむ」
「小さい缶の容量は、三百五十ミリリットル。その五パーセントということは……つまり『アルコール』の量は、十七・五ミリリットル」
「ああ」
「いっぽう○・五パーセント、お酒じゃなくて清涼飲料水のしゃんめりーを考えてみると、あれはだいたい三百六十ミリリットル。アルコール量は、一瓶で一・八ミリリットル……」
「十倍程度の差があるな。……だが」
「ええ、ですが。……一人で十本飲んだなら、身体に入るアルコールの量は、発泡酒と同じです」
「そうだ。たとえ純アルコールの含有率が低くとも、大本の容量自体を嵩増せば、当然アルコール摂取量は増加する。また当然ながら、量を増やせば酩酊状態にも至る。……ここにおいて、『未成年飲酒の禁止』という概念は、まるで無意味なものとなる」
「未成年でも、合法的に、お酒が飲める?」
「そういうことに、なるのだろうな」
「んー、むむ、ふむむ。結局のところ、常識的に判断しなさい、ということなのでしょうか……」
「ああ。そうとしか言えん」


◆【20160116】
「本当にお恥ずかしい話ですけど、電気あんまというものが何なのか、つい最近知ったのですよ」
「知らずとも良い事物のような気もするが。なるほど確かに、字面からは想像し難いものではあるな」
「ですです。……こう、りくらいにんぐちぇあー的なあれなのかなあ、と」
「ふむ。言われてみれば、あれぞ電気按摩と称するが相応しかろう」
「そういうわけで!」
「そういうわけで?」
「今から私が、より本質的な電気あんま機になりましょう。……むふ。さあ先輩、私の前に、背中を向けて座っちゃって下さいな」
「む、うむ」
「さあて。先輩の肩、お揉みしちゃいます」
「なんとこれは、あり難い。すまんがひとつ、頼むとしよう」
「はーい。それではさっそく、失礼しまして――」


◆【20160116-2】
「君の側は、どうだろう。凝っている部位などないか」
「あー。でしたら、ごうこく……いえ。……申し訳ないのですけど、先輩」
「うむ」
「あしのうらとか、お願いしてもいいかなあ……とか」
「足裏は、総身の反射区が集中しているとも言うな。無論、構わん」
「んと、それでは。……えっと、靴下、脱いだ方がいいのでしょうか」
「であろうな。脱がせよう」
「は、はい。……うぅ、自分で頼んでおきながら、なんだか妙に緊張しちゃいます」
「それもまた醍醐味だ。さて、失礼する」
「お、おてやわらかに……ひゃ、んっ――」


◆【20160117】
「もう一月も、半ばが過ぎゆく頃合いです」
「うむ」
「そういうわけで、今更ではあるのですけど。……初夢って、どうでした? 何かご覧になりました?」
「まあ、一応な。して、君は?」
「いえ。特には」
「……何とまあ、あっけらかんと」
「それで、先輩。先輩は、一月一日の就寝後、一月二日の寝覚めの前に、夢を見ちゃったわけですね?」
「否定はせんが、大したものではなかったさ」
「大してなくても、初夢は初夢ですから。さあさあ先輩、遠慮なさらずっ」
「……。夢中において、喫煙行為をしていてな」
「ふむふむ」
「家が、燃えた」
「わ、……うわー……」
「……」
「……あー。ふだん三日に一本ぐらいは減っているはずのお煙草が、今年初めから吸ったご様子がなかったのは、つまりそういう――」
「……待て。今何と」
「あ、あはは。ないですないです、なんでもないです。チェックなんてしてませんから!」


◆【20160118】
「あれですよ」
「あれとは」
「つまり前提として、そういうあれをあれしたら強いじゃないですか、やっぱり」
「しかし、そうしたあれは、あれであるからこそ意味があるあれであってだな」
「あー。先輩はあれですか。あれも確かに、なるほどあれではあるのですけど」
「あれがあれであるあれをあれするならば、もはやあれはあれであるのだろうか。それは或いは、あれしてしまっているのではなかろうか」
「そこはあれです。あれ次第です。あれがあれしないよう気を配りつつ、あくまであれしてゆくあれも、多分あれだと思うのです。つまり、あれです」
「ふむ。あれもあれで、中々どうしてあれではあるか」
「ええ。……ところで先輩。あれって何ですか?」
「知らん」


◆【20160119】
「あれですよ」
「あれとは」
「いわゆるところの、多脚歩行戦車というやつです。こう、蟹みたいな、虫みたいなと言いますか」
「大凡のイメージは掴めたが。……して、その歩行戦車が如何にした?」
「先輩ほどのお方なら、ああいうメカにとらんすふぉーむするのも容易いかなあ……と」
「……良かろう。見せるとしよう」
「流石は先輩。期待を裏切るということを知らないお方……!」
「さて、観想せよ。……遥かなる時空の果たて。人類文明は今やなく、荒涼とした大地が延々続いているばかり。死を思わせる虚無の荒野、血めいて赤く焼け落ちた空、蹲るは鋼鉄の影――」
「まいんどせっとだ……」
「……」
「おお。まずは仰向けの姿勢になって、腕と脚をぎゅっと縮めるようになさって」
「……しゅー。ぎぎぎぎぎ」
「蒸気が吹き出し、金属が軋むような効果音。終末ものかつ、すちーむぱんく風なのですね」
「……がしゃん、がしゃん」
「二対四本の歩行脚を不安定に震わせつつも、一本づつ立ち上がらせて……」
「がこん。ぷしゅー……」
「もはや完全に起動完了。少し沈み込むようにして、いまいちど蒸気を噴き出して――」
「がしゃがしゃがしゃがしゃがしゃ」
「――そして唐突にすごい勢いでカサカサしながら後ろに向かって走り出したーっ!?」


◆【20160120】
「……あ、あれ?」
「あれとは」
「いえ、今日はそうじゃなくて。その、あのピザデリバリーのバイク、そこ曲がるんじゃ――あぁっ!?」
「――なんと。もはや」
「火花、散ってました……」
「凄まじい速度、恐るべき角度のバンクだったな……」
「せ、先輩もご覧になりましたよね。ひばな、火花が、道路とバイクの間で散って……」
「見ていた。散っていた。間違いはない」
「……ほわぁ」
「……ああ」
「ね、ねえ。先輩」
「うむ」
「ピザ取りましょう。今日のごはんはピザにしましょう。今すぐ電話しちゃいましょう」
「奇遇だな。俺も丁度、宅配ピザが食べたくなったところだ」


◆【20160122】
「何をしのたか、ではなくて。一体誰が、それをしたのか」
「ふむ」
「ことの価値って、それで定められると思うのです。……大きいところで言いますと、不謹慎な言動だとか、身分が高いひとほど大々的に取り扱われちゃうわけですよ」
「身分云々というよりは、社会的立場の問題か。だが、事実だな」
「アイドルや声優さんは、寝起きや食事の献立なんかでさえも、注目の的になっちゃいますし」
「そうだな」
「それはもちろん、不満なんかはないですけどね。ただ、少しもやりとする事柄ではあるのです」
「なるほど。――それで、一つ聞きたいのだが」
「あ、はい?」
「昨晩は、君はそちらで食事を取った筈だが。……何を食したか、是非聞かせて貰いたい」
「ん、……あははっ。えっと、昨日の晩ごはんには、お安く買えた鰆を焼いちゃいました。白ご飯は当然ですが、それと小松菜のお浸しも。こう、ごま油がふんわりと」
「ふむ、しっかりとしたものだ。……魚は良いな。特に鰆は、どの季節においても美味だ」
「ふふふっ。ですですよっ」


◆【20160123】
「さて。出掛けるか」
「……ごめんなさい。先輩、ちょっと構いませんか?」
「ふむ」
「先輩がお召しになっている、その厚手の黒コート。襟を立ててボタンを留めて、詰襟のように出来たりします?」
「平素はせぬが、可能だな」
「お、やっぱり。……でしたら、先輩」
「ああ」
「もし宜しかったら、見てみたいです。こう、第一種軍服と言いますか、提督さんと言いますか」
「やってみよう。――こんなところか?」
「あ、あー……これは、うーん。どれかと言えば、学生服っぽいかなあ……?」
「詰襟だからな。致し方なきことだ」
「でもたぶん、肩章的なものでもあれば……先輩、ちょこっと待ってて下さいねっ」
「……まあ、構わんが」

「そういうわけで、金のリボンを結んでみましたっ」
「……」
「むふふ、これはねー……これは何とも、何ともこれは」
「……」
「なかなかどうして、なにやら辛抱たまりません」
「……」
「かわいい!」
「それは良かった」


◆【20160124】
「この季節、陽が落ちてゆく速さには、何だかびっくりしちゃうことです」
「そうだな。冬の入日は、どうしようもなく疾いものだ。夕陽を眺めるいとまさえ、ともすれば失してしまいかねない程に」
「いちど青灰色の空を眺めて、また次目線を上げた頃には、もはや一面真っ黒に……」
「何とも言えず、悲哀があるな。……目に映すこと稀である、冬の日の夕焼けの色。大切にしたいところだ」
「ですですよ。……そうそう、先輩」
「うむ」
「ついこの前のことですが、買い物を終えた後、スーパーの駐車場から、何だかとてもぐっと来る、せんちめんたるな夕暮れ景色を見ちゃいましてね」
「それはまた、僥倖だった」
「冷たい空の群青色が、遥か彼方で橙色に繋がってゆく。高架道路の向こう側、オレンジの光が白く霞んで、そこに車のテールランプが赤を刻んで……」
「なるほど。甘い感傷、郷愁をさえを連れ来るような、得も言われぬ夕景だ」
「ええ、それはもう。あまりにせんちめんたるしたことでして、ついつい写真も撮っちゃいました」
「ほう」
「じゃんっ。こちらです」
「……む」
「あはは。……何と言うか、正直ぱっとしませんよねえ」
「うむ……」
「こういうこともありまして、ちょこっと思っちゃったりしたわけですよ。――写真に封じてしまったら、そこで見詰めた色合いは、そこで覚えた空気の感じは、どうしようもなく褪せてしまうものなのだ、と」
「なるほどな。悔しいことだが、そういうものか」
「はい。悔しいですけど、そういうものだと思うのです」


◆【20160125】
「うぁ、わわわ……」
「……うむ」
「いやはや、何とも。……雪、結構降ってますねえ」
「そうだな。率直に言って、驚いた。部屋の中から、窓を通した限りでは、見知れぬ景色があるものだ」
「ええ。踏み締め歩いてゆく道路も、何かこう、粉砂糖をまぶしたようになっていますし」
「降り積もるというではなしに、アスファルトに薄く張っているさま。なるほど確かに、粉糖と呼ぶが相応しい」
「それから、先輩。……あっちの方。街灯が照っている場所、見て下さい」
「ふむ。……ああ」
「ね?」
「光が映えている場所ばかり、降る雪がくっきりとして見えるのか」
「ですですよっ。まるで桜吹雪みたい」
「街灯柱を、桜の樹木に見立てるか。趣深い」
「ん、ふふ。……はーっ」
「うむ」
「冬、ですねえ……」
「ああ、冬だ。どうしようもなく冬だ。……そして冬とは、肉まんの季節に他ならん。コンビニへ行くという、君の提案に感謝しよう」
「むふふ。肉まん、肉まん。……さあ先輩、青い牛乳の看板はすぐそこです。ちょこっと走っちゃいましょうっ」


◆【20160126】
「さてさて先輩、今日は何の日?」
「一月二十六日か。……ヴァン・ヘイレンのフロントマン、エドワード・ヴァン・ヘイレンの誕生日だな」
「そ、そうなんだ……。何と言いますか、流石は先輩。ぱっと出てくるものですね」
「……まあ、それはともあれ。して、今日は何の日なのだろうか。何か記念日などがあるのか?」
「こほん。えー、今日は……文化防災デー、オーストラリアの建国記念日、ウガンダの解放記念日、インドの共和国記念日、それから有料駐車場の日、コラーゲンの日、携帯アプリの日、ついでにワンドアツーロックの日です。毎月二十六日という意味ですと、プルーンの日でもありますね」
「……これは。多いという感想を持つべきなのか、後半の胡乱さを指摘するべきなのか」
「たぶん、まだまだありますよ? もっと胡乱な記念日が、博覧会か何かみたいに」
「それはまた。……待て、そもそも『記念日』とは何だ? 何が基準で制定される?」
「よくぞ聞いて下さいました。……ぶっちゃけてしまいますけど、しっかりとした基準や定義みたいなものは、なんにもありはしないのです」
「なんと」
「より多くの人間が、それを『記念日』と認めているということ。そんなふわふわとした条件で、ある日が『記念日』になるわけですよ。国や地方自治体が決めたものはともあれとして、他の多くの記念日は、企業の打算、売名の目的で定められたに過ぎないのです」
「……ふむ。であるとしても、一定の様式はあるのではなかろうか。君は『より多くの人間が認めたもの』と説明したが、正直に言わせて貰えば、『ワンドアツーロックの日』の如きが、人口に膾炙しているとは信じ難い」
「そうそう、まさにそこです。……実を言えば、この日本には、『記念日を認定する団体』みたいな民間組織が、幾つか存在しちゃっておりまして。そういう団体にお金を支払うことで、記念日が作れてしまうわけなのですよ」
「……特に何の権限もなく、特に何の根拠もなしに、単なる法人が、『記念日』を制定すると?」
「あはは。記念日というものは、そもそもそういうものですから。ええ、もちろんそれらの団体に、『記念日』に纏わる権利も根拠もありません。ただ『これがこういう記念日ですよ』と、宣伝するだけのことです」
「何とまあ」
「……そして、先輩」
「む」
「これを逆に言うのなら、つまり記念日を作るという営みに、制限とかは一切ないということですよ」
「うむ。そうなるな」
「であるからして、今から私が、今日が『先輩と私の記念日』などと豪語したとして、それは世にある記念日と、何ら変わりないということです」
「……まあ、そうか」
「先輩と私の記念日! 先輩と私の記念日です!」
「それは良かった」
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