彼:
男性。二十三歳。社会人。
己を律する術に長けているというのか、彼女の純潔を奪う度胸がないだけなのか、そのどちらと断言することは難しい。

後輩:
女性。十五歳。高校生。
彼ともっと深く繋がり合いたいと願っているが、同時にそうした行為に対する恐怖を手放せない。年齢相応である。


◆【20150924】
「先輩」
「ああ」
「私は今でも、鮮明にかつ克明に、思い出すことができるのです。思い出しては思い返して、この肌のうえに追い想うのです。――夏の昼間の、白い日差しを。肌を世界を焼き焦がす、どうしようもなく強烈な、あの熱く熱くなお熱い、光と熱の手触りを」
「……ああ」
「がんがんと冷房の効いた部屋から、ドアを開いて足を踏み出すあの一瞬。たちまち総身を包む熱波に、くらりと眩んで真っ白になる意識。なまあたたかさが冷えた体を暖めて、けれどすぐさま、ただただ不快な暑さになって。……あの感覚を、思い出すのです」
「……」
「まるで、陽炎の中に立っているような。目に映る、耳に聞こえる、皮膚を撫で去る――五感が認める世界の全てが、ゆらりゆらりと揺れて霞んで、そして焼け焦げ続けているような」
「うむ……」
「……ねえ。先輩」
「何だ?」
「本当に、本当に、終わっちゃったのですねえ。……夏」
「ああ、終わった。終わったのさ。今年の夏なる時空間は、手の届き得ぬ世界の果たてに消え去った。――消え去り果てて、二度と訪うことはない」
「……ん」
「風の涼しさを意識する。朝晩の冷えを認め識る。路傍の枯れ葉にふと気付く。毎年毎年、そのようにして俺達は、夏の終わりを知覚する。……そしてまた、秋なるものの始まりも」
「……夏。秋。終りと、始まり」
「夏は死に絶え、秋が生まれた。……いずれ秋は終わって冬となり、冬が終われば春が来る。――春が終われば、また夏となる」
「ん。……来年の夏。今年のものとは根本的に違っていても、でも夏には違いない来年の夏」
「そうだ。……であるが故に、君が今夏にやり残したことがあるならば、心残りを燻らせているならば、それらは次の夏に持ち越せばいい。今年のそれとは違うとしても、夏はまた来年も来る。焦ることなどないさ」
「……あはは。やっぱり、先輩には敵いません。ぜんぶ見通されちゃっているみたいです」
「いや、なに。……ともあれ、次の夏にも宜しく頼む」
「はいっ」


◆【20150925】
「……ねえ。先輩」
「うむ」
「私、凄いことに気付いちゃったかも知れません。もしかしたらこう、秘密組織のエージェントだとか、黒尽くめの男達だとか、そういう胡乱な何とやらに、大地の果てまで追い掛けられちゃう系の、危険な発見をしちゃったのかも知れないのです」
「何と。……不用意に訊ねるべきではないかも知れないが、それは、つまり?」
「つまり、こうです。……『押し入れ』と、『引き出し』。どちらも実際、収納スペースを指す言葉ではありますけども――」
「ああ」
「押して、入れる。引いて、出す。――先輩。これって、完璧な一対をなしているとは言えませんか?」
「……ふむ。言われてみれば、なるほど然り」
「あるいはそれは、ごはんとパン、光と闇、時間と空間、ニルヴァーナとガンズ・アンド・ローゼズ、また言うならば、先輩と私の関係性にさえも似て――」
「待て。……まずはその、『ごはんとパン』という概念は、一体如何に対を構成しているというのか、詳しく説明して貰うとしよう」
「……えっ、そこ!? 突っ込みどころ、そこなんですか!?」


◆【20150926】
「押し入れだとか、引き出しだとか、……なんだかちょこっと、いやらしい」
「そうだろうか」
「むふふ。やっぱり先輩も男性ですし、その、押して入れたり、引いて出したり、そういうことにはご関心を持たれていたりしていたり……?」
「……まあ。日頃の整理整頓は、疎かにできぬ事柄であるとは思う」
「わお。せいりせいとん……ふむむ。意味深」
「……失言だった。忘れてくれ」
「あはは。いやですっ」


◆【20150927】
「僅かばかりに消費可能な金が増え、されどその代償に、碌でもない義務と責任を押し付けられて、時間とそして体力は、悍ましい程に減り衰える。夢や希望と、かつて信じたものさえも、無残な形で毟り取られる。――それが、大人になるということならば」
「ん……」
「俺は、大人になどなりたくはなかった。永遠に子供でいたかった。……ま、所詮は下らぬ戯言だがな」
「ふむむ。でも、私は、……はやく大人になりたいなあと、そう願ってはいるのです」
「そうなのか」
「こう、大人になりたいと言いますか、大人にされたいと言いますか」
「……」
「先輩の手で、優しくかつもいやらしく、じっくりねっとりしっとりと――」
「よせ」


◆【20150928】
「……あの。昨日の話ですけど」
「ああ」
「私は、……その、ちゃんと本気だということは、分かっておいて欲しいのです」
「……ああ」
「私の無思慮でわがままなだけの欲望に、それでも応えて頂きたいと、そう祈り願っていることも」
「……分かっている。分かってはいるんだ」


◆【20151001】
「はてさて、先輩。突然ですが、秋と言えば?」
「うむ。秋なるあわいは、畢竟、焼酎に恋し焦がれる季節だな」
「うわお、何て唐突なアルコール」
「風が宿した冷涼そして寂寥がいや増すにつれ、臓腑は湯割りを求めて咽ぶ」
「あはは。何と言いますか、流石は先輩」
「面目ない」
「いえいえ。……それにしても、秋で焼酎と言いますと」
「うむ」
「毎年毎年、思い出して止まないのです。――先輩と私のふぁーすときすも、秋で焼酎だったなあとか」
「……、あの時は。今更にして、かつ重ね重ねになるのだが、申し訳ないことだった」
「それこそまさしく、いえいえというやつですよ。……ふふ。あの日あの時あの瞬間、先輩のお部屋には、その年はじめて、炬燵が顔を出していて」
「あ、ああ」
「昼日中にも関わらず、先輩はお酒を飲んでおられて。カシューナッツやするめいか、それに柿の種のパッケージが破られていて」
「……ああ」
「むふふ。先輩、思い出しちゃいました?」
「……」
「思い出して、したくなっちゃいました?」
「……それは、」
「……ごめんなさい。私の方が、がまんできなくなっちゃったみたいです――」


◆【20151002】
「秋の謳歌と言うならば、やはり読書に食欲、そして運動――という三本柱が、一般的となるのだろうか」
「まー、ですよねえ。……うーん、本はだいたいいつも読んでいますし、お食事に関しても、春夏秋冬四季折々に、それぞれおいしいものを頂きたいと、常々心を尽くしてはいるのですけど」
「そうだな。……であるのならば、君が敢えて秋を取り上げるのであれば、『スポーツの秋』となるのだろうか」
「うーむむむ。すぽーつですかー」
「うむ。スポーツだ」
「何と言いますか。こう、私のこれまでの人生を省みますと、すぽーつという概念それそのものが、どこかにすっ飛んじゃっておりまして。……すぽーつだけに、すぽーっと」
「……すぽーっと、か」
「あー、拾っちゃいますか、それ……」
「……スポーツだけにか」
「え、ええ。す、すぽーつだけに……」
「……く」
「ああもうこの人、笑いのつぼがよく分からない!」
「ふ、ふふ」
「そして何やら羞恥心……っ!」


◆【20151003】
「運動。むう、運動……」
「何と、未だに懊悩していたか。……唆した口で言うのも何だが、強いて棹差すこともなかろうさ」
「あー、いえいえ。……身体を動かしてみるなんて、あんまり柄じゃありませんけど。でも何か、試してみたいような気持ちは、心のどこかにありまして」
「なるほど。……であるのならば、ランニングなどはどうだろう」
「おお。そういや先輩、ちょくちょく走りに出ておられますよね」
「ま、気晴らし程度のものだがな。されど実際、悪くない」
「ん、ふむむ。じゃあじゃあさっそく、明日の朝早くにでも――」
「待て」
「お、おおっと。……えっと、どうしました、先輩?」
「これより俺が君に告げるは、先輩としての忠告だ。――地を蹴り路面を駆けゆくことを、決して甘く観ずべからず」
「は、はいっ」
「ランニング用でないシューズを履いて、舗装道路を走ったならば、いずれ膝を損壊することは必至だという。極北なるを想定すれば、生涯消え得ぬ損傷とさえもなり得るだろう」
「わお、なんと」
「であるからして、君も早速、スポーツショップに出向くべし。重量並びにクッションの過多、及びメッシュと裏面ラバー、考慮すべき点は数多であるが、そこはプロたる店員に任せればよし――」
「お、おお……先輩が、何だかやたらと燃えておられる……!?」


◆【20151004】
「ふー……っ。はっ、はぁ、うぁー……」
「お疲れ様だ。そのまま暫し、畳に伏しているといい」
「はぁ、はぁ……いえいえ、私はまだまだ大丈夫です。ええ、ばっちり平気を併記しちゃえます。言うなればそう、何のこれしき、阿頼耶識――こほっ、けほっ」
「空元気の文言に、仏教要素を盛り込むとはな。……無理をするな」
「……はい。正直に言いますと、もうだめです。からだのぜんぶが蒸発しそうに火照ってて、ばらばらに散り砕けちゃいそうで。……うぅ、たかだか三十分ほど走るのが、こんなにきついことだったとは……」
「そういうものだ。ランニングなる運動は、時間的に見たカロリー消費効率で言えば、他の殆どの肉体行使を凌駕する。太腿及び脹脛、そして腹筋、また背筋をも短時間で酷使するが故」
「うわぁ。改めて言葉にされると、何やらとんだまぞひずむ」
「そうだな。フィットネスなる数々は、遍く被虐嗜好に他ならん」
「……。あの、先輩」
「ああ」
「ひょっとして、私、とんでもない世界に足を踏み入れちゃいました……?」
「文字通りにな」
「……ランニングだけに?」
「うむ」
「あ、あは……あはは」


◆【20151005】
「おお、先輩。お帰りなさい」
「ただいま。風呂上りだったか」
「ごめんなさい。ちょっとシャワーを頂きまして」
「構わんさ。……しかし、この時間に汗を流すということは、ランニングに行って来たのか」
「ご名答です。折角ならもう、習慣にしちゃおうかなと」
「お疲れ様だ。二日目の感触はどうだった?」
「まあやっぱり、きついことにはきついです。……でもこう、何と言いますか。全身が痛んできしみ、それがほどけてゆく感覚が、何だかとってもどうしようもなく――」
「ああ」
「――その、きもちいいなあ、と」
「……うむ。筋肉の過剰行使は、快楽を齎すものだ。それもまた、依存性のある快楽を」
「い、依存性のある快楽」
「何はともあれ、君も被虐嗜好者の仲間入りだな。祝福しよう」
「あっ、はい……」


◆【20151007】
「学校に行く時は、ローファーを履いていくわけですよ」
「うむ」
「校舎内に入る時には、上履きに履き替えます」
「そうだな」
「もちろん体育の時間には、学校指定の運動靴を」
「そうであろうな」
「……それで。家に帰ると、さっそくおにゅーのランニングシューズに爪先通し、走りに出掛けるわけなのですが……」
「良いことだ」
「そこで私は、思うのですよ。――ローファーも、上履きも、学校指定の運動靴も、どうしようもなく粗悪で硬くて重たくて、まるで救いようのないものだったのだなあ……、と」
「そこまで言うか。……しかし、君がこうまで嵌り込むとは」
「あー、あはは。……だって、せっかく先輩にお勧めして頂いて、靴まで買って頂いたのですから」
「……ああ」
「もはや目指すは、らんなーずはいの向こう側です。このシューズと一緒なら、きっとスピードさえも置き去りにして、事象の彼方、森羅万象の根源にだって辿り着けちゃうはずなのですよ……!」
「……まあ、何だ。くれぐれも、膝を壊さぬ範囲でな」
「はいっ」


◆【20151009】
「秋の味覚と言いますと、やっぱり秋刀魚は外せませんよ」
「違うことなく紛うことなく、当然至極の真理だな」
「名前からして、もう全力で秋を主張していますしね。これはもはや、秋とは秋刀魚、秋刀魚とは秋……!」
「否定し切れぬところだな。……ときに秋刀魚と言うならば、やはり七輪で焼くが良かろうか」
「あー、はいはい。……ぱたぱたと団扇を扇ぎ、染みる煙に眼をこすり」
「周囲に満ちるは、焦げ臭さと香ばしさ、そのどちらとも判じ難い、されど魅力的なる香の燻蒸煙」
「そうそう、そういうやつですよ。でもまあ今の御時勢ですと、そう簡単にはいかないのも事実ですけど……」
「そうだな。そもそも火を熾す場所も悩ましく、よしんば炭と七輪を手元に置き、一間秋の味覚を楽しんだとて、後に使う機会もそうはあるまい」
「ですよねえ。『秋刀魚の風情を堪能したい』というだけの理由で、わざわざ道具一式を揃えるというのは、ちょっと厳しいものがある気がします」
「……。そういえば」
「ん。先輩?」
「なに、ふと思い出したのさ。……去る七月の日、『旅館風の湯豆腐や鍋を再現したい』というだけの理由で、卓上焜炉と小型鍋を購入してきた、どこぞの後輩が実在していたということを」
「うっ、……あー、あは、あはははは……」


◆【20151010】
「今年はなんだか、秋刀魚が高値沸騰しているとかで」
「であるらしいな。漁獲枠の低減が取り決められただの、そもそも水揚げ量が奮わないだの、種々様々な理由があるようだ」
「んーむむむ。残念なことではありますが、致し方ないことでもありますかー」
「うむ」
「秋刀魚漁ともなりますと、準備も大変ですしねえ」
「ふむ。浅学にして、漁業についてはよく分からぬのだが……」
「秋刀魚の豊富な海域は、敵空母が多いですから。こちらも空母機動部隊を編成し、かつ漁猟を助ける探照灯やソナーのたぐいを、積める限り積み込んで――」
「――待て。何の話をしている」


◆【20151011】
「あー、やっとほどけましたよ……」
「お疲れ様だ」
「はぁ。イヤホンのコードって、何度も何度もほぐしても、気付けばぐちゃっと絡まっちゃっていますよねえ……」
「全くだ。普通に用いているだけであるのに、ふと気付いて見遣る度、複雑怪奇に結い上げられている。もはや猟奇的とさえ呼び得る程に、狂おしいまでに煩雑に」
「ですです。これはもう、ふつうの物理法則を超越しているとしか思えません。……さてはもしや、イヤホンコードだけに作用する、未知のちからが働いていさえするのでは……!?」
「ありえるな。イヤホンコード物理学なる研究領域の開設が、早急に求められよう」


◆【20151012】
「思えばなんだか、不思議なことではありますね」
「ふむ」
「あるひとはしゃっぽを脱いで匙を投げ、ぐちゃぐちゃになったまま音楽を聴き。あるひとは徹底抗戦の意志を持ち、技量を尽くして結び目をを解き。――ほんの一メートルもないイヤホンコードに、誰も彼もが煩わされてきたのです」
「そうだな。……我々人類総体が、かの電気製品にかかずらってきた時間。費やしてきた労力。その全てを足し合わせてみたならば、果たしていかほどになるというのか」
「でも、それでも。私たちは、つきあい続けてゆくのだと思うのです。あのゴム覆いの銅線に、弄ばれ続けてゆくのだと思うのです」
「それほもまた、然りと言えよう。……或いは生きてゆくことそのものが、そうした無為なる繰り返しであるかも知れん」
「おお。まるでコードを解きほぐすかのように、真理に到達しちゃいましたね……!」


◆【20151013】
「ふふんふーんふんふんふん、ふーんふーん……ごーっ」
「……」
「のー、ゆーどんのーふーふふーふーふん――」
「……」
「――あっ、先輩!?」
「……拝聴していた。『ディスコネクテッド』だな」
「うっ……」
「初期ポップ・パンクの名曲だ。数度に渡る再録を経て、複数のアルバムに収録されていることを鑑みるに、彼らにとって大切な曲であるということが――」
「すとっぷ、すとっぷ! ……ああもう、割と素で恥ずかしいのですから、ひとの鼻歌を解説するのはやめてくださいっ」


◆【20151014】
「ありゃ、これは。……えっと、確か、あぶろーらー?」
「それはこの器械が有するところの、幾多の異称の一つだな。……いかにも。『アブローラー』、『腹筋ローラー』、『コロコロ』、『アブと付けどもアブトロニクスとは違う奴』、また或いは『車輪型拷問装置』などなどと、種々様々に称されている物品だ」
「え、えーと、最後の二つに関しては、疑問を残すところではありますけれど。……何はともあれ、腹筋を鍛えるための道具ですよね」
「うむ。常日頃の運動に、何か変化が欲しくてな」
「ふむふむ、ちゃれんじは大事ですよね。……それで、使ってみた感じとしては?」
「……。死にかけた」
「死にかけた!?」
「危うく腰を、終生不具とするところであった。なるほどまさしく、拷問器具の名は伊達ではないな」
「そういうものなんですか!?」
「ちなみに言えば、正しく情報収集し、適正に用いたならば、さして危険な器具とはならぬ。この点に関しては、どうか誤解なきように」
「どなたに向かって説明しておられる!?」


◆【20151015】
「先輩は、煙草を吸っておられるわけですよ」
「……まあ、否定はせんが」
「煙草と言えば、コーヒーとセットなわけですよ」
「それもまあ、否定し得ぬところではある」
「……さて。ここで、ひとつお聞きしたいのですけれど」
「うむ」
「実際のところ、どういうたぐいの感覚なのでしょう。こう、煙草とコーヒーの相性の良さ、というのは」」
「どういう、とは」
「えー、そうですねえ。……何か他の食べ合わせ、取り合わせにたとえてみると?」
「……であれば。敢えて言うなら、白米と味噌汁のそれに似て……いや」
「ん……」
「刺身に醤油という方が、より正鵠を射ているか」
「ふむふむ。定番も定番で、もはや語る隙さえもないこんびねーしょん?」
「まさしく然り。当然過ぎて、特筆し得ぬ取り合わせだな」
「ふーむ。でしたら他に、何か煙草と合うものとかは……」
「……。すまんが、少し時間を」
「どうぞどうぞ」
「……」
「……」
「……バニラアイスクリーム、であろうか」
「予想外なところ来ましたね!?」


◆【20151016】
「強いて何かを言わずとも良い。ただ黙していることこそが、尽きぬ豊かな歓談となる。……そうした一間も、あるものかも知れないな」
「ん。でしたら……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……うーむ」
「どうした」
「こうして二人で黙っていると、どっちがどっちの台詞なのかが、分かり辛くなっちゃいますねえ」
「待て。そういうメタな物言いはよせ」
「鍵括弧の前にでも、名前を入れれば良いのでしょうか」
「よせと言うに」


◆【20151017】
「ただいま、せんぱー……って、せ、先輩っ。先輩っ!?」
「……ああ、おかえり。学校はどうだった」
「そんな娘との接し方が分からない父親みたいな挨拶してる場合ではないですし、そもそも今日は登校日ですらないですよ!? い、一体何が……っ」
「見ての通りだ。不覚を取った。俺はもはや長くなどない」
「そ、そんな……先輩とお話ししたいことも、先輩に告げたい言葉も、まだまだたくさんあったのに……!」
「すまん。ならば最後に、せめて俺の末なる言の葉を……ダイイング・メッセージとなる文言を、どうか聞き届けて欲しい」
「わ、わかりましたっ。不肖ながらも、先輩の後輩であった者として――しかと余さず、お聞きします!」
「頼む。……ガラム」
「がらむ!」
「……四十二ミリグラム」
「四十二ミリグラム!」
「……」
「――先輩っ。先輩ーっ!」
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