彼:
後輩の、先輩。後輩にとっての、先輩。後輩だけの、先輩。
それ以外の、何かではありはしない。

後輩:
彼の、後輩。彼にとっての、後輩。彼だけの、後輩。
それ以外の、何かではありはしない。


◆【20150508】
「先輩と、私」
「君と、俺とか」
「ええ。……緑色の葉が目立ち始めた、春の桜の樹のあわい。あの日あの時、あの夕刻。金色の光の中で出会ったことを、ふと思い出したりしちゃったのです」
「……ああ」
「あれから、ふたりで一緒に迎えた季節。春と、夏と、秋と、冬と」
「……」
「繰り返しては、繰り返し。そして今日という日に、初夏の夕方独特の、斜めになった強い日差しに、ふたり並んで突き刺されていて。――思い返せば、感謝しかないのです」
「……それは」
「ありがとうございます、先輩。本当に」
「ああ。こちらこそ」
「本当に。『ありがとう』……それしか、言う言葉がみつかりません」
「……。さりげなくも堂々と、余所のネタを混ぜ込んで来るとはな」
「あはは。ばれました?」


◆【20150509】
「ねえねえ先輩」
「ああ」
「先輩は、ばななふぃっしゅというお魚をご存知ですか?」
「そうだな。君が拳銃自殺を遂げないことを、今この瞬間から祈っているという程度には」
「あはは。これぞまさしく、フィクションの悪影響」


◆【20150510】
「必要ない。そんなに飲めない。そう、分かってはいるのですけど」
「うむ」
「なのに、何故だか。オーダーに、いつも付け加えちゃうドリンクバー」
「なるほど。一理ある」
「ケミカルな色のメロンソーダを専用グラスに注ぎつつ、やっぱり悔やんでしまうのです。ああ、ただの水で良かったのにな……と」
「そうだな。……そして、或いは」
「ん。先輩?」
「概ねのところにおいて、水が美味過ぎるのが悪い」
「なんて斬新かつ説得力のある八つ当たり……!」


◆【20150511】
「永遠に、本を読み続けていたい、と。……そう、思うことがあるのです」
「ふむ」
「しとしとと、冷たい雨が降る午後に。古ぼけた無人駅の、軋むベンチに腰掛けて」
「……」
「すべてから切り離された、一人きりのその場所で。来るはずのない列車を、ずっとずっと待ちながら。ただ、文庫本のページを捲り続けていたいと、そう思うことがあるのです」
「……。俺は」
「先輩は?」
「俺は、君のその欣求について、何かの感想を述べられない。……何を口に出したとて、それはきっと、まるで的外れな言葉となるだろうから」
「……ねえ。先輩」
「ああ」
「先輩の、そういうところ。……うまくは言えませんけど、もどかしくて、でも大好きです」


◆【20150513】
「折に触れては、こう思う。――この世界にロックという音楽が存在していてくれて、本当に良かったと」
「むむ」
「それは、苦しみの海を渡りゆくのに欠かせぬものだ。生きる力を、気力を湧き立たせる為の、数少ない術の一つだ」
「ふむむむ」
「スリーコードがラフに響いて、ベースラインが追い走り、ドラムが刻まれ地平を創る。……もはや、神聖なる儀式じみた瞬間と呼んで過言ではない」
「ん、……えっと」
「どうした」
「いえ、あの。仰ることは、理解できるのですけれど」
「うむ」
「その、何と言いますか。……今の先輩、いつにもまして、何だかどうにも可愛いなあと」
「……」
「こういう先輩の可愛らしさを、他の誰かにも宣伝したい。それと同時に、独占もしていたい。何ともこうにも、こんふりくとがあることです」
「……知らんがな」


◆【20150514】
「折に触れては、思い出さざるを得ない難問。数多の研究機関が、総出を挙げて取り組んでいる課題。……『先輩のお部屋に、えっちな本が一冊もない』問題」
「……」
「これを突き詰め、ちみつに考察してみるに。――先輩は、えっちな妄想が得意だからこそ、本のたぐいが必要ないんじゃないのかなあ、と」
「……」
「むふふ、知りたいですねえ。先輩の、えっちな――」
「本気か」
「――え。と」
「本心からの欣求として、俺の醜い心根を、韜晦した昏い思考を、暴き出したいのかと問うている」
「う……」
「心の底から、君がそれを望んでいるのなら。……示すに、決して吝かではないのだが」
「……はい。ごめんなさい」


◆【20150515】
「『吹っ切れた』、なんて。……そんなの、嘘です。嘘っぱちです。かける百して、嘘八百なのですよ」
「……ふむ」
「そんな風に、あっさりと、感情に整理がつくわけがないのです。考えて、考えて、考え続けて、思い悩んで、もやもやしたまま、時を重ねて――」
「――やがて、莫大な時間の果てに、悩みが薄れ消え去るのを待つ外はない、と?」
「……ん。そういうことです」
「なるほどそれは、紛うことなき真実だ。……忘却ということは、俺達に許されている、ほぼ唯一の救済だ」
「ん、む……」
「――だが、まあ。厭う事物や人物を、どうしても認められずに、かつ看過しがたいというのなら……」
「看過しがたいと、いうのなら?」
「ベースギターで、殴れば良いさ」
「……何故そこで弦楽器!?」
「何を言う。ベースギターは、楽器以前に鈍器だろう」
「主張が揺るぎなさすぎる!」


◆【20150516】
「無窮に続く海洋を、輝く波濤を眺めていたい。潮交じりに吹く風に、ただ吹かれ続けていたい」
「ん……」
「叶うのならば、羽を休めることさえもなく。――かもめのように、洋上の空を翔けたいものだ」
「ふむふむ、かもめ。……電気四倍ダメージだったり、翔んだ日のことが歌になったり、宇宙飛行とか達成してみたり、波紋の呼吸を習得しちゃったり?」
「……。他はともあれ、解説が必要そうなネタを混ぜるのは、よしたがいいと言っておこう」


◆【20150517】
「インターネットも、リアルの一部に過ぎないのだと。そう、理解してはいるのです。……でも」
「ああ」
「ネットの海を漂っているうちは、煩瑣な日常を置き去りにして、違う自分になっていたい。――こんなふうに願うのを、間違いだとは感じないのです」
「ま、そうだ。思うところはないでもないが……癒しを求め、オンラインに没入するという営みを、難ずることは出来ないな」
「だというのに、ですよ。……最近は、ネットの世界も、疎ましいことばかり。それどころか、現実以上に、嫌なことが目に付きやすくもなったりしてて」
「ふむ……」
「いやはや、あの頃が懐かしいことですよ。吉野家コピペ、先行者、そして某デスクトップマスコッ――」
「――いや。待て」
「んむ。先輩?」
「危うく、聞き流すところだったが。……当然のことであるが如くに、年代を超越しようとするんじゃない」
「あはは。ばれました?」


◆【20150518】
「ねえねえ先輩。びっぐにゅーすです」
「なんと」
「私達の掛け合いが、ついに書籍になるそうなのですよ!」
「何やら、遠いところまで来てしまったようだ」
「装丁は、まさかの豪華三色刷り。……特に、何の意味もありませんけど」
「それは凄いな。特に、何の意味もありはしないが」
「初回限定版には、『先輩がギター演奏に挑戦して、三日で挫折したときのギターピック』が付いちゃいます」
「……何だと」
「さらに、さらに。早期予約特典として、『先輩が使い残したまま、二年が経った焼肉のたれ』も――」
「事実無根だ。冤罪だ」


◆【20150519】
「今更ながらに、顧み、そして反省することだ」
「ん、先輩?」
「俺は、――プレスリーの辿りし道行について、随分、夢見がちな戯言を並べ立ててしまっていたように思う」
「ついに、認めてしまわれるのですね。……彼は、もう――」
「ああ。――もはや華々しい舞台に立って、ロックンロールを演奏することはない。恐らくは、プロミスト・ランドにおいて、静かな余生を送っているさ」
「……うわあ」
「大蒜の効いたTボーン・ステーキに、豪快にかぶりついていることだろう」
「……何だかもう、先輩と私の、認識の前提とするところが違いすぎまして、ちょっと頭が痛くなったりしていたりとか」


◆【20150520】
「良いですよねえ、深夜のお散歩」
「何かしら、擽られるものはある気がするな」
「ええ、くすぐられちゃうのです。……ぽつりぽつりと佇み灯る街灯と、自動販売機の低いうなりと」
「ふむ。……夏の虫は夜のあわいの音色となって、月影の冴えは夜気を甘やかなものとする。――見慣れた道が、まるで別世界であるが如くに感得される、か」
「そうそう、それです。それなのですよ、先輩」
「日常と地続きにある、夜の遊歩という非日常。なるほど確かに、魅力的だな」
「ん。ともすれば、妖怪とか幽霊とかの、怪異存在に出くわすような気もしちゃったりとか……」
「そのように夢見ることも、また趣深いものと言えよう」
「あはは。……でも、まあ」
「ああ」
「現実問題、遭遇しそうな怪異といえば……せいぜいが、こう。――トレンチコート、ただ一枚を羽織っただけのへんたいさん?」
「……。二十一世紀の怪異なるもの、それは人の心に巣食う闇――か」


◆【20150521】
「お部屋にお邪魔してみると、先輩は、どうやら居眠りの真っ最中であるもよう。……むふふ、リポートのしがいがありますねえ」
「……」
「見てください、この愛らしい寝顔。つんつんしたくなっちゃいますが……折角ですし、寝言の取材と致しましょうか」
「……むにゃむにゃ。もう食べられん……」
「おお。初っ端からこう、なんという典型的な――」
「――だがそれでも、人は、ものを食べ続けなくては生きてゆけない。肉体の檻に囚われているというその真実は、常にこの身に付き纏っているものであり――」
「あっ、これ起きてるやつだ!」
「果たしてどうかな」
「果たしてどうかな!?」
「転寝を覗く時、転寝もまたその者を覗いているという」
「唐突なニーチェ!」


◆【20150522】
「たたみでごろごろ、せんぷうき……うあー、効く……」
「何やら、お疲れのようだな」
「あはは……。見栄を張りたいところですけど、今日はちょっと、もうだめです。ぐだぐだです」
「お疲れ様だ。……そのまま、待っていてくれ。菓子と珈琲を準備しよう」
「ん、ありがとうございます。……でも、先輩」
「どうした」
「今はですね、その。お砂糖の甘味も欲しいところですけど、どちらかと言えば、先輩の甘い言葉が聞きたいなーと」
「……。現実の肉体疲労は、言葉のみで癒されるほど甘くない。ここは素直に、チョコチップクッキーを摂取するべきだと思うがな」
「う、ちょこちっぷ……」
「それも、ミスターイトウのソフトタイプだ」
「み、みすたーいとう。……むむ、ふむむ」
「……」
「……あ、あの」
「うむ」
「甘い言葉と、甘いクッキー。……両方を所望しちゃ、だめですか?」
「……良かろう。どちらにしても、暫し待て」
「はいっ。……なんかもう、大好きです、先輩」


◆【20150523】
「もやぽや……」
「もやぽや、とは」
「私の今の、現状です。目の前がもやもやで、頭の中はぽやぽやで、二つ重ねて、もやぽやというわけなのですよ」
「なるほど。単純ながら、趣深い擬態語だ」
「えへへ。もやぽやー」
「して、そのもやぽやとやらの原因は?」
「えと、それは。……なんか……ええと、なんでしょう?」
「ふむ」
「うむむ、酔っちゃったのかなあ……」
「……。ジンジャーエールでか?」
「ん……たぶん」
「ノンアルコールの、炭酸清涼飲料水で、酩酊か」
「え、ええ。……えっと、どうしたのですか、先輩?」
「……羨ましい」
「羨ましい!?」


◆【20150524】
「良いですよねえ、糖衣」
「ある種のソフトキャンディやら、錠剤やらの、外膜となっているあれのことだな」
「ええ、ですです。しゅがーくろーす」
「なるほど確かに、独特の魅力を持っているものではあるか」
「ほんのり甘くて、舌触りが幸せで。私はつねづね、思うのですよ」
「ああ」
「風邪薬の糖衣だけ、永遠に、悠久に、いつまでも舐めて味わい続けていたいなあ、と」
「……。変態だ」
「そ、そんな!?」
「何やら君が、遠い所に行ってしまったような気がすることだ。糖衣だけに」
「うわあ、ネタが雑!」


◆【20150525】
「最近の子供は、外で遊ばない……的なげんせつ」
「確かに、しばしば耳にするものではあるな」
「でもこういうのって、結局は、環境の問題だと思うのですよ」
「つまり?」
「そうですねえ。……家のすぐ目の前に、公園や山があったりですとか」
「ふむ」
「それこそ、見渡す限り田んぼしかないような、田舎暮らしをしていたりですとか。そんな生まれをしていれば、ごく当たり前のように、屋外で遊ぶようになるものだと思うのです。……逆も然り、ですけどね」
「己の生きる空間が、日常的に見渡す景色が、自然に手にする娯楽の源となっているのだと。なるほど、肯える意見だな」
「ちなみに。先輩は、どうでした?」
「……それは」
「先輩の、幼いころについて。住んでいた、お家について」
「……」
「……ん。先輩?」
「この齢になった人間が、幼年期を回想せよと強いられることは、酷く辛く苦しいものだ。一種の拷問であるとさえ言っていい。……分かって欲しい」
「え、――ご、ごめんなさい……」


◆【20150526】
「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ」
「……」
「にゃ。にゃあ、にゃあにゃあ」
「……」
「にゃにゃっ、にゃん」
「……」
「――と、言うわけだ」
「ふむふむ。と、言うわけなのですね」
「うむ」
「ところで、先輩。今仰られた内容について、ひとつ聞きたいことがあるのですけど……」
「ああ。構わん」
「では、失礼して。……――何が!? 何がどう、『と、言うわけだ』なんですか!?」
「つまりだな、にゃあ――」
「収集のつく気配がない!」


◆【20150527】
「生きている、という事象が意味するものは。……『死んでいないということ』、ただそれのみであるだろう」
「……」
「言葉を尽くして説かれようとも、俺は、認めようとは思わない。――人生の意味、という概念などは」
「……」
「そうとも、この生命に意味はない。何かを為す為、生まれ来たわけではない。何かを遂ぐ為、生き続ているわけではない。まだ死んでいないから、今は生きているというだけだ。……それ以外の、何ものでもありはしない」
「……」
「しかしまあ、それで十分なのだろう。生きている理由がないのだとして、死ぬ理由もないのなら、強いて命を擲つ必要はない。――生命が続いているのなら、ただ続けてゆくだけだ。別に、それで良いじゃないか」
「……」
「だが、な」
「……」
「仕事を終えた、宵闇色の空の下。住むアパートへと帰り付き、ふと部屋の窓を見る。――そして、そこに、生活の灯を見出した時。君が、今そこにいるのだと知った時。……俺は」
「……」
「俺は。――俺の人生には、何かの意味があるのではないか、と。……そんな風に、錯覚してしまう。妄想してしまう」
「……ねえ。先輩」
「ああ」
「私は、――私は、うー、何を言ったら。……もう、なんかもう、ちょっと言葉にできないですよ……」
「……すまん」


◆【20150528】
「先輩」
「ああ」
「……先輩」
「ああ」
「私の、先輩」
「……。ああ」
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