彼:
最も好きな麺類は、ラーメン。
懐に余裕があると、つい唐揚げとのセットを頼んでしまうのが、目下の悩みであるらしい。ただし炒飯には手を出さない。

後輩:
最も好きな麺類は、うどん。
所謂セルフうどん屋に赴いた際は、薬味の葱と生姜を、これでもかとばかりに注いでしまう。ただし揚げ玉には手を出さない。


◆【20150415】
「先輩先輩、ちょっと聞いて下さいな」
「うむ」
「昨日の夜のことですけれど、灯りを落とした私の部屋で、先輩だいすき儀式を執り行っているときに――」
「……もはや今更ではあるのだが、改めてその単語の説明を求めることは、俺に許されているのだろうか」


◆【20150416】
「『飲み残した缶ビールを、翌朝に呷っている時のような』……という、比喩表現を思い付いた」
「な、何といいますか……上手いのかそうじゃないのか、よく分からないところではありますけれど」
「いずれわかるさ」
「む、ふむむ」
「そう、いずれ……」
「……むう」


◆【20150418】
「先輩のお部屋を訪れた私を待っていたものは、先輩が円錐形のスナック菓子を指に嵌めている風景だったりしたわけですけれど、私はどうすれば良いのでしょうかと、自問を繰り返さざるを得ないのでした」
「その文言には、訂正が求められるな」
「え、ええー……」
「これは、スナック菓子などではない。……武器だ」
「大胆にして過激な宣言!」
「五つの尖鋭玉蜀黍が生み出す回転は、何ものをも貫き通す無双の一撃」
「素直に『とんがりコーン』って言いましょうよ!?」
「この激烈なる一穿を、止められるものなどありはしない――」
「……いえ。私が、ただの一言で、その暴威を留めてお見せします」
「なんと」
「――『食べ物で遊ばないで下さい』!」
「武装が……解除されてゆく……!」


◆【20150419】
「たとえ拒絶されようとも、為したいことに手を貸そう、と」
「ん……?」
「それこそが、『先輩と風を吹かせる者の果たすべき使命だ』――と。己が後輩である者に、そう豪語した人物がいる」
「おお。何だか何やら、とっても素敵な先輩さん」
「そうだな。……その人物は、防人が一人であった」
「さきもり。確か、奈良時代あたりの、九州を守る人達だったはず」
「その人物は、防衛の任に加えて、歌をも生業としていた」
「歌と言いますと、つまりは和歌のことですね。万葉集に、防人の和歌が採られているとも聞きますし」
「その人物は、かの八つ股の蛇を仕留めし、神代の剣を携えていた」
「……うん、と?」
「ポップソングを熱唱しつつ、人類の相互不理解が生み出した、自律型の殺戮兵器に立ち向かうのさ」
「え、――あの、ごめんなさい。ちょっと、理解が追い付かなくなってきたのですけれど……」


◆【20150421】
「変形合体、はわわロボ……」
「……例になく、酷い単語が聞こえたような気がするのだが」
「『はわわ、脚パーツさんのジョイントが出てませんよぉ!? これじゃあ、ちゃんと接合できないよう……』」
「……。『はわわ、人型形態への合体シークエンスなのに、間違えて飛行形態用に変形しちゃいましたあ』」
「『はわわ、このままもたもたしているとと、敵の巨大怪獣さんに攻撃されちゃいますよぉ!』」
「『は、はやく武器を――はわわ、武器担当の小型メカさんも混乱して、なんだかよくわからない物体に!』」
「……。何と言いますか、先輩」
「……ああ」
「今回のはわわ系は、ただ想像しているだけで、妙に疲れちゃうものがありますね……」


◆【20150422】
「瞬間。一瞬の煌めき。ただ一間の幸福を、刹那に輝く感動を、それを尊いと称するのだとして」
「ん……」
「そうしたあわいを、永遠のものとして引き伸ばし、とこしえに感得したいと希うのは、そうであれと祈るという営みは、果たして正当であると言えるのだろうか、と」
「……つまり、先輩は」
「ああ」
「一瞬は、あくまで一瞬でしかないからこそ、価値あるものであるのだと。そう、仰りたいのですね」
「……そのように、なるのだろうか」
「先輩」
「……」
「ねえ、先輩。私は、――私は。そんなの、それを手放さざるを得なくなった人がする、言い訳みたいなものだと思うのですよ」
「……」
「だって、幸せなひとときであるのなら、ずっと続いた方が良いに決まってるじゃないですか。……追憶とか、回想とか、本当に失ってからでも、遅くないとは思いませんか?」
「……ああ」
「これをたとえてみるならば、そう。定期的に胃袋をリセット可能な、無期限の焼肉食べ放題――」
「敢えて、笑い話で落とすのか」
「だ、だって。……語り過ぎを自覚したと言いますか、何やら恥ずかしくなってきちゃったと言いますか」


◆【20150423】
「ジョージアブランドの、『アイスコーヒー』」
「自動販売機において、概ね『アイスカフェオレ』と並んで陳列される、あの品目か」
「そうそう、それです。……毎年毎年、あれが売られているのを眼にすると、今年も暖かくなってきたなあと、そう思わされたりするわけなのですよ」
「ふむ。意識したことはなかったが……確かに、夏めいた趣を感じるものではあるな」
「すっきりさっぱりとした味わいに、ガムシロップのようなあの甘さ。真夏の昼下がりに訪れた、居心地の良い喫茶店を思わせると言いますか」
「……」
「冬が終わって、春が来た。春が終われば、夏が来る。……そんななにかの感慨を、ややもすると郷愁を、思い巡らせたりしちゃうのです」
「なるほど」
「って、まあ。いわゆるひとつの、個人の感想ってやつなのですけどね」
「人は、それぞれ違った記憶を携え生きている。であれば当然、ノスタルジーを喚起される事柄も、個々人によって異なっている。それはきっと、素晴らしいことだろう」
「ん。……ところで、先輩」
「ああ」
「ここでひとつ、あらためて、主張しておきたいことなのですが――」
「拝聴しよう」
「『この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには、いっさい関係ありません』」
「……。いや、まあ」


◆【20150424】
「肉体の檻に、囚われている。その事実こそが、あらゆる苦痛の源となっている。……そう思うことは、たまにある」
「あはは。何をいまさら」
「ふむ」
「人間として、言うことをきかない体を持って生まれ落ち、真っ当な社会生活をいとなむ必要がある。……そんなの、誰がどう考えてみたって、不幸に決まってるじゃないですか」
「……」
「でも、でも、だからこそ。人は、幸せや癒しや、ここちよさを手探って生きてゆくのです。――生きていかざるを、得ないから」
「……ああ。その通りだ」
「ん……」
「そして、俺は。この肉体があったからこそ、君と邂逅を果たすことができた。この肉体があるからこそ、君と繋がり合うことができている。少なくとも、その点においてのみ――」
「――あの。えっと、……先輩」
「どうした」
「仰られたことは、すごくすごく嬉しいのですけれど。……その、言い方が」
「ああ」
「ちょこっと、やらしい」
「……なんと」


◆【20150425】
「お布団に潜り込んで、文庫本とか、漫画本とかを読んでいる、怠惰でありつつ至福の時間……」
「人間として当然である、幸いの念と言えるだろうな」
「ええ、それはもう。……絶対に、誰にも奪わせなんかしないと、心の底から思うのです。この楽しみは、私だけのものなのです」
「全く以て、全身全霊、肯わぬわけにはいかない事柄だ」
「……でも。先輩」
「ああ」
「私は、――先輩となら、先輩とだけ。そういうぼんやりとしたひとときを、共有していたいとも思うのですよ」
「……」
「だから、先輩。まだ、陽も沈まないうちですけれど。――いっしょに、ごろごろしませんか?」
「……その問い掛けに、提案に、如何にすれば抗い得るのだろうかと、割と真面目に考えてはいるのだが」
「ふふふ」


◆【20150426】
「事前準備と、致しまして」
「ああ」
「まずですね。音楽プレイヤーに、『リトル・グリーン・バッグ』を仕込んでおきます」
「ふむ」
「次に、黒スーツを着て、レストランを訪れます。そしてお店を出る時に、イヤフォンを耳に嵌め……」
「……」
「しゃん、しゃん、しゃん、しゃん」
「……」
「まるでスローモーションのように、無意味にゆっくり歩きつつ、おもむろにサングラスを取り出して」
「……」
「るっきんふぉーさむはっぴねーすばっと、ぜーいずおんりーろんりねーすとぅふぁ――」
「……なるほど」
「――という、新種の遊びを考えました」
「題して、タランティーノごっことでも呼べようか」
「あはは。続きをやると、血塗れになっちゃうのですけどね」


◆【20150427】
「己の他には、誰一人としていなかった」
「ん。先輩?」
「午後七時の事務所から、空を見ていた。……世界をと、そう言い換えても良いだろう」
「ふむふむ」
「安穏そのものの中に立ち並ぶ、住宅街の窓には生活の光が灯る。やや遠い場所、煌々とした輝きを放つ家電量販店や、大型スーパーマーケットの偉容が窺える。そして薄暗い宵闇の大気を縫うように、張り渡された配電線」
「ん。先輩の眺めていた景色、イメージできてきましたよ」
「ああ。……そして俺は、ぬるい缶コーヒーを呷りつつ、ふと考えたのさ」
「ええ、はい」
「視界に映る全てのものが、朽ちた廃墟であったのならば、どれほど美しいことだろうか、と」
「――突然の、ポスト・アポカリプス妄想!?」
「死人が通りを彷徨っていたならば、なおも素晴らしいことだ」
「そしてまさかのゾンビもの!」


◆【20150428】
「良質な、パルプ小説」
「ふむ」
「絶品、B級ぐるめ」
「ああ」
「……と。こんな感じで、言葉続きのうえから見れば、どうにも矛盾しているようでありながら、別にそんなこともないような、そんなこんなでもやもやしつつ、でもでも面白い小説は面白いし、美味しい料理は美味しいし、ぐるぐる考えこんじゃってもうぐるぐると――」
「……落ち着け」


◆【20150429】
「ん、――ふふ」
「……ああ」
「こうして手を近付けるたび、絡めて握り返してくれる、先輩の指。……ただ触れ合っているだけなのに、おかしなぐらいに、きもちいい」
「……」
「ごつごつとした、自分にはないさわりごこち。長くて硬くて頼もしくて、いつまでもさわさわしていたくなる、この感触」
「嬉しいことには嬉しいのだが、何と返して良いのやら」
「むふふ。特にこの、第二関節」
「……」
「からっと揚げてポン酢に浸したりすれば、とっても素敵なおつまみに――」
「――待て。何かがおかしい」


◆【20150430】
「ふむむ。かっぷらーめん」
「ま、偶にはと思ってな」
「ん。……よくよく考えてもみれんば、あんまり食べる機会もないですよねえ、カップ麺」
「そうだな。一人暮らしを始めれば、しばしば手にすることになるだろうと、無想してはいたのだが」
「その実、自炊に比べて値段は高い、思った以上に手間もかかる、食べられる場所も限られる、と」
「ついでに言えば、摂取カロリーも覚束ない。手軽な栄養補給としては、聊か見劣りすると言わざるを得ん」
「でも、だからこそ」
「ああ。だからこそ」
「たまに、無性に食べたくなっちゃうのですね。……チープであるというその属性が、何故かこう、逆に魅力的なものに思えてしまって」
「ジャンクなものを、それと知りつつジャンクに貪る。ここに新たな価値が生まれゆく、か。……既存の価値に、抵抗してゆく姿勢と言えなくもなかろうか」
「ふむふむ。……つまり、先輩」
「うむ」
「カップラーメンは、パンク?」
「ああ。違いない」


◆【20150501】
「ラーメンを放置していれば、麺が延びると言うな」
「言うといいますか、その。麺がスープを吸い込んで、膨張しちゃうってだけの話ですよね」
「その通りと、肯う外はない。……だが、しかし」
「ん、先輩?」
「幼少の時分において、聞き及んだその情報は、理屈通らぬ憧憬の念へと昇華していた」
「お、おお」
「そこに何か、奇跡的な事象が実在するのだと信じていた。物理世界の法則を超越し、文字通り、麺が伸張するのだと信じ込んでいた」
「じゃあ、つまり。小さかった頃の先輩は――」
「察しの通り。……冬の深夜の暗闇の中、人知れずにカップラーメンに湯を注ぎ、そのまま朝まで放置したのさ」
「あはは。若気の至り、というやつですね」
「そうだな。……あの日の夜は、興奮して寝付けなかったことを記憶している。全く以て、若気の至りの極地と言える」
「か、かわいい。当時の小さな先輩を、ぎゅーっとしてあげたかったです」
「……それはまあ、知らないが」
「えっと。それで実際、どうだったのですか?」
「ああ。……麺は水気を過剰に含み、容器を不気味に埋めていた。その外観は、食欲を減衰させるに十分だった」
「あ、あはは。そりゃそうですよ」
「冷え切った麺を啜りつつ、俺は殆ど泣き掛けていた。……あれは、辛かった」
「かわいいなあもう……!」


◆【20150502】
「……む」
「おお。お目覚めですか、先輩」
「おはよう。……今、何時だ?」
「何を仰っているのやら。時間なんて概念が、ここにあるわけがないじゃないですか」
「……寝起きの頭では、理解しかねる話に思えるが」
「戸惑われるのも、無理はないというものですね。……つまり、先輩がお目覚めになったのは、うつつの場所ではないのです」
「……」
「そう。ここは、夢の世界」
「なんと」
「時と時の狭間にあって、どこにも属していない場所。ここであったできごとは、いっときの夢の幻」
「なるほど」
「ふふ。だから、先輩」
「……」
「先輩は、何をしたっていいんですよ。望むまま、欲望の赴くままに、なにをしでかしちゃったっていいんです」
「……」
「先輩の見ている私も、実在の私ではないのですから。……したいと思うことを。したいと思って、できなかったことを。なんでも、好きに――」
「――待て」
「先輩?」
「今しがたの説明を、その妄言を、もう一度、俺の眼を見て言ってくれ」
「……う」
「真っ直ぐに。逸らさずに。俺の眼を見て、言ってみるんだ」
「……」
「……」
「……はい。ごめんなさい」


◆【20150503】
「電車に乗るのは、わりと久々だったのですけれど」
「ああ」
「ふと周りを見渡してみれば、誰もがスマホ、手に手にスマホ。……とやかく言うつもりもありませんけど、どうにもこうにも、もやっとするものはありました」
「ま、分からなくはないことではあるな。……だが、スマートフォンを操作するという行為は、あくまで手段に過ぎないのであって、コンテンツそのものを意味してなどいない」
「ん。……すまほすまほと一括りにしてみても、ゲームを楽しんでいる人もいれば、読書に耽っている人も、あるいはお仕事をしている人も、色々おられるということですね」
「そういうことだ」
「先輩の、仰る通りだと思います。――それに」
「それに?」
「車内の人々が手にしているものが、なまこやうなぎやどじょうとかじゃないだけ、まだましではあるのかなあ……と」
「よりにもよって、何故、ぬめりけのある水棲生物と比較した……?」


◆【20150504】
「んっ、んー……、ふ」
「……」
「ぅ、……ん、くぅ……」
「……」
「あー……。来てます、すごく来てます、これ」
「ふむ。……合谷のつぼを刺激され、酷い痛覚を感じるのなら、即ち疲労が蓄積されているということではあるのだが」
「ああ、いえいえ。実際、そこまでのものじゃないのです。いたきもちいい、みたいな?」
「であれば、良いが」
「ん」
「……しかし、まあ。翻って、思い巡らせてもみれば」
「先輩?」
「少女と呼び得る齢の者の手を取り、執拗に揉み解している大の男というビジュアルは、一体如何なものであるのだろうかと、真顔で考え込まざるを得ん」
「あはは。微笑ましくも理想的な、『先輩』と『後輩』の姿だと思いますよ?」
「……であれば、良いが」


◆【20150505】
「いやはや、暑くなってきたものですよ」
「……そうだな」
「先輩にぴったりくっついていると、なおそのことが意識されてしまうのです」
「……そうだな」
「むふふ。でも、こうして暑苦しく過ごすのが、逆に何だか心地良かったりとか――」
「……」
「――あ、ああっ。先輩っ、熱中症!? 脱水症状っ!?」


◆【20150507】
「そこは、感得の荒野だったのだと思う」
「……先輩?」
「まあ、何だ。寝物語としてでも、聞いていてくれ」
「……ん」
「感動は消えていた。感懐は絶えていた。今思い返してみれば、俺は、きっと生きてなどいなかった」
「……」
「つまるところは。君は、俺に、――」
「……」
「光をくれた。熱をくれた。……俺に、俺が生きてゆける世界をくれた」
「……」
「狭いなりに、広い世界を」
「……」
「その場所で、空の色は青かった。失いたくないと願った。……陳腐な言葉続きではあるが、感動に嘘を吐きたくはない」
「……先輩」
「ああ」
「ねえ、先輩。……今、先輩に、言いたいこと。伝えたいこと。知って欲しいと思うこと。聞いて欲しいと思うこと。色々と、あるのですけど」
「……ああ」
「ごめんなさい。言いたいのに、伝えたいのに、……眠くて」
「ま、寝物語ということだ」
「ん……」
「眠るがいい。世界は、明日も続いているさ」
「……でも。これだけは」
「聞こう」
「先輩。……大好き、です」
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