彼:
五十年代のロックンロールと、九十年代のパンクロックに思い入れがある。

後輩:
はじめて好きになった楽曲は、デレク・アンド・ザ・ドミノスの「レイラ」。


◆【20150322】
「発展したあとのかたちを、斬新であるものの姿を、模索するのも良いですけれど……」
「ふむ」
「それでも、やっぱり。原典であるところのものは、大切にすべきだとも思うのです」
「何につけても提言され得る、重き要と言えるだろうな」
「ですから、ひとつ。――『はわわ系』というものの原初を、その本質的なありかたを、考えることに致しましょうか」
「……ああ。まあ」
「先輩は、どういうものが、『はわわ系』の本来だと思います?」
「そうだな。……他者と他者が衝突するという、己の手ではどうにもならぬ状況に、ひたすら慌てるというのがあるだろう」
「ふむふむ。つまりは、こういうことですね」
「拝聴しよう」
「『はわわ、みなさんやめてください! 争っちゃだめなんですー!』」
「なるほど、正鵠を射た状況だ」
「えへへ、どもども。……それじゃあついでにもう一つ、提起しちゃって下さいな」
「もはや容易に動かし難い、己に纏わる現状に、後から気付き慌てるという要素もあるな」
「ふむふむ。つまりは、こういうことですね」
「拝聴しよう」
「『はわわ、下着をはきわすれ――』」
「……」
「……」
「……。羞恥に眼を逸らすぐらいなら、元より言い出すこともなかろうさ」


◆【20150325】
「つい先日、先輩だいすき儀式を執り行っていたのですが……」
「待て。何だその儀式は」


◆【20150326】
「あの。先輩」
「どうした」
「前々から、お聞きしたかったのですけれど。……と言いますか、聞いて良いことなのか、分かりかねていたのですけれど」
「何やら知らぬが、遠慮することはない」
「えっと、じゃあ。――先輩って、メイドさん、お好きなのですか?」
「……ふむ」
「以前から、折に触れては、エプロンドレスのお話などをされますし」
「そうだな。……俺の裡でも、未だ整理され得ぬ事柄ではあるのだが」
「ぼんやりと、惹かれるものがあるのだと?」
「そういうことに、なるのだろうな」
「ふむむ。やっぱり、ご奉仕して欲しい、的な」
「いや。寧ろ、メイドさんに奉仕したい」
「――倒錯っ!?」
「具体的には、つまりだな。屋敷内での労働に疲弊しているであろう、肩や二の腕のマッサージをだな」
「眼がシリアスだ!?」


◆【20150327】
「それが、始まりの時を告げてから。今やもう、何日かが経過しました」
「……ふむ」
「だから。今更では、あるのですけど」
「ああ」
「本当に、今更のことでは、あってしまうのですけれど」
「何も、遠慮する必要などはない。君の心を、心の内奥から溢れんとする叫びの声を、ここに言葉に乗せるがいいさ」
「……ん。では、失礼して」
「拝聴しよう」
「はる――」
「……」
「やす――」
「……」
「みっ――」
「……」
「――だーっ!」
「うむ。……高校生活のあわいにおける、春季の長期間なる休暇。いやはや、まさしく春休みに他ならないな」
「ええ。はるやすみ、春休みなのですよ。あ・すぷりんぐ・べいけいしょん!」
「月並みで申し訳ないのだが、おめでとう、という文言を君に送ろう」
「あはは、ありがとうございます。……お仕事を続けられる先輩には、ちょっと申し訳ない気もするのですけど」
「気兼ねすることなどないさ。高校時代の名で括られる、限られた時空間の、更にその限定された幕間だ。好きなことを好きに行い、存分に謳歌したがいい」
「ん。……それじゃあ、私は」
「うむ」
「先輩専属のメイドさんとして、毎日お部屋をお掃除致しましょう。……朝ごはんも、お弁当も、晩ごはんも、もちろん準備しちゃいます」
「なんと。身に余る光栄だ」
「そして毎晩、先輩に肩を揉んで頂くのです。マッサージして頂くのです」
「何やら、気が引き締められる思いがするな」
「ふふ。痛くは、しないでくださいね?」
「……善処しよう」


◆【20150328】
「えっと。先輩」
「ああ」
「さっき、冷蔵庫を開けてみたのですけれど。……もしや、これは」
「ああ」
「これは、もしや。ここにあるのは、……あの、伝説の」
「気付いたならば、仕方ない。……伝承として記録され、口伝されて今に至りて、そして今ここに立つ俺が、代価を払い購入し手中に入れた――」
「――とてもおっきな、ブロックベーコン……!」
「そうだ。重量にして、五百グラム弱を記録する、正真正銘、豚のブロックベーコンだ」
「す……すごい。お店で売られているのは、それはもう、何度も何度も目にしましたけれど、そして恋い焦がれ続けて来ましたけれど、私はずっと、レジに持って行く勇気が出なかった――」
「俺も、同じだ。……だが今日この時は、四割の値引きシールが、俺に立ち向かうだけの力をくれた」
「もはや、神話の一ページ……!」
「過言でないな。そして俺は、今や物語上の役目を終えた。……調理は、君に託したい」
「わ、わわ」
「頼まれて、くれるだろうか」
「それは勿論、構わないのですけれど……でも、どうしよう、どうしましょう。これって、好きなかたちに切ってしまって良いのですよね……?」
「何せ、これだけの容積がある。賽の目状に刻むのも、分厚く粗く切り分けるのも、己が意のままというわけだ」
「む、むぅ……ざっくり刻んで炒飯の具に、ごろっと切ってポトフ……いえ、これだけ大きいのなら、ステーキになんかしちゃったり……!」
「そのどれを選んだとて、俺は君の意志を尊重しよう」
「――はいっ。任されましたっ!」


◆【20150329】
「もはや残りは、あと二年――か」
「む。先輩?」
「いや。……とあるパンクロックの一曲に、若者の思想を称揚する歌詞があるのさ。その若者であるところの人は、二十五歳に満たぬ者たちであるのだと」
「いわゆるところの、キッズってやつですね。ロック・キッズ、パンク・キッズ」
「話が早くて、ありがたい。……そして気付けば俺も、今や二十三歳というわけだ」
「ふむふむ。それで、残りは二年ということなのですか」
「まあ、な」
「んっと。……気になさらなくても、大丈夫だと思いますよ?」
「ふむ。所詮は些事に過ぎない、と?」
「あ、いえいえ。……だって、先輩」
「ああ」
「先輩って、去年も二十三歳だったような気がしますし、きっと永遠に二十三歳――」
「――待て。その発言は危険だ」


◆【20150330】
「『肝心なときにだけ、耳が遠くなる主人公』……という要素は、ある種のラブコメディにおいて、いろいろ見られたようでありますけれど」
「まあ、流石に下火だろうがな。確かに、あるにはあったものだろう」
「そこで、これを逆手に取りまして。……『都合の悪いときにだけ、耳が遠くなる主人公』というのは、いかがでしょう?」
「ふむ。一つ、実例が欲しいところではある」
「ん、えっと。……じゃあ、先輩」
「ああ」
「先輩は、私を罵倒する女の子を演じてみてくださいな。そして私は、それに対応するところの男性に、なりきってお見せしましょう」
「う、うむ。……それでは」
「はいっ」
「『貴方なんか、嫌いなんだからね』」
「『え、今何て?』」
「……。『そうやって、知らない振りするところが、特に嫌いだって言ってるんでしょう』」
「『え、今何て?』」
「……。『でも、そんな貴方が……好きです。付き合って下さい』」
「『よろこんで!』」
「……」
「……」
「……ないな」
「……ないですねえ」


◆【20150331】
「……んと、その。えっと」
「どうした」
「あ、いえ。……先輩のお部屋をお掃除して、ごはんを作らせて頂いて、お帰りを待っていて」
「そうだな。とても助かり、有難く思っていることだ」
「ん、ありがとうございます。……でも、私は。メイドさんとして、この数日間、先輩の生活に関わっていたはずなのに」
「ああ」
「あの、ですね。……よくよく、考えてもみれば。これって、まるで」
「……ああ」
「……およめ、……」
「……。まあ、あれだ」
「先輩?」
「それを考えるには、まだ時期尚早であるとだけ言っておこう」
「ん……、あはは、ですね。じゃあ、しばらくはまだ、先輩のメイドさん、ということで」
「うむ。何やら心苦しくはあるが、頼りにしている」
「ん。頼られましたっ」


◆【20150401】
「そもそも考えてもみれば、この世界に生まれて来て、そして生き続けているという事実そのものが、壮大な嘘のようなものだろう」
「あの。先輩?」
「であるからして、今更、嘘の一つや二つを吐いたところで――」
「先輩。せんぱーい」
「……はっ」


◆【20150402】
「海の底に沈み朽ち果て、忘れ去られた先史文明」
「ふむ」
「私達のそれとはまるで異なる、超自然の技術体系……」
「なるほど。浪漫だな」
「そして、時は現代。まったくの偶然で、海底遺跡からオーパーツが発掘されるのです。それは、どんな既存の機械製品にも似ていない、流麗なシルエットを持つ――」
「巨大ロボットか」
「いえ。『先輩』です」
「……。何だその、斬新を遥か彼方に振り切った設定は」
「そう。人はいつも、『先輩』という夢を見るのです。時空を越えて、『先輩』へのあこがれは繰り返されてきたのです……!」
「……ロボットアニメに、準えるなら」
「ん。準えるなら?」
「特に優れた『後輩』性質を持つ者だけが、古代の『先輩』を起動させることが可能であるのだ、と?」
「おお。分かってるじゃないですか、先輩」
「い、いや……」


◆【20150403】
「心の奥深い場所へ、ふと入り込んでは突き刺さる。……そういうあわいは、確かにあるのだと思う」
「ん……」
「それは、例えば。……熱気の籠る飲み屋を辞去し、柔らかく湿った風に吹かれ佇む、あの瞬間」
「ふむふむ。……えっと、温泉の扉が開いて、すずしい風が浴室に入り込む、あの瞬間」
「ガードレール沿いに続き続ける坂道が、遠い青空へと繋がっているのを知覚する、あの瞬間」
「橙色の夕焼けの下、給水タンクの骨組みが真っ黒な影になっているのに気付く、あの瞬間」
「つまるところは、そういうものだ。――そして、俺は」
「先輩は?」
「そうした一間を、そうした景色の只中を、歩み感得してゆきたいものだ、とな」
「あはは。何だか、とっても先輩らしいです」


◆【20150404】
「ぼんやりとした薄灰色の空の下、しとしとと水溜りをたたく細い雨――」
「――カーテンを揺らす微風は生暖かく、アスファルトから立ち上る雨のにおいは郷愁を伴って入り込む」
「何といいますか、こう。……春の午前の雨降りって、優しく柔らかい雰囲気ではあるのですけど、どこか虚ろなかんじもあると思うのですよ」
「相も変わらず、的確な表現だ」
「あはは、ありがとうございます。……ところで、先輩」
「うむ」
「先輩は。こんな春雨の降る日には、何をするのが宜しいかと思います?」
「そうだな。――湿った世界の只中を、濡れてゆくのも良かろうが」
「ええ」
「しかし、やはり。より相応しいと言うならば、もはや一つしかなかろうさ」
「あれですね」
「あれだ。……宣言は、君に任せることとしよう」
「では、えっと。……今日の、夕ごはんは――」
「ああ」
「――鍋料理っ!」


◆【20150405】
「雨、雨、……そして今日も雨降りのまま、夜を迎えちゃったのでした」
「雨もよいと小雨、そして豪雨が繰り返し、時には雷さえもが鳴り響く。……風情を感じなくはないものであはあるが、休日にさえ被るとな」
「んー。結局、お花見は行けないままでしたねえ」
「……ふむ」
「先輩?」
「ああ、いや。――傘を差し、散歩がてらの桜見というのも、悪くはないものだと思ってな」
「む、ふむむ」
「白い花は露を宿して、灯に照らされ淡く輝く。燐光を放っていると錯覚しかねぬ、夜の桜だ」
「おお。何やら、高まるものがありますね」
「ま、肴や盃には事欠くが。そうした宴も、あるのではなかろうか」
「……ん。分かりました」
「分かってくれたか」
「行きましょう。今すぐもう、行きましょう」
「悪いな、付き合わせることになってしまって」
「あはは、いえいえ。むしろ、ありがたいぐらいですから」


◆【20150406】
「やっぱり私も、それっぽい感じに、牛乳をこぼしちゃったりするべきなのでしょうか」
「……」
「あと、アイスクリームとかも。ちょこっと意味深な雰囲気で、食べこぼしたりした方が良いのかなあ……と」
「……。一つ、言っておこう」
「んむ。先輩?」
「そうした下らぬイミテイションの為に、決して安価ではない洋服を犠牲にするだけの意味なるものが、存在するというのだろうか。そしてまた、それを行うだけの覚悟が、君にあるというのだろうか」
「……」
「……」
「……ん。ごめんなさい」


◆【20150407】
「はる――」
「……」
「やす――」
「……」
「みっ――」
「……」
「――がー……」
「高校生活における春季休暇の、その終端たる今日の日だ。落ち込み辛苦と思いなすのも、無理はないというものか」
「うう。先輩のお部屋のメイドさんとして就職すれば、がっこーもテストも他の何やこれやのあれこれも、すべて消えてなくなるというのなら――」
「色々と、やや落ち着くがいい」


◆【20150408】
「……さむい」
「……寒いな」
「新学期も早々に、何ですかこの極寒は。寒さ大魔王ですか、寒さ大魔神ですか、寒さ大明神ですか、それともさては寒さ大権現なのですか!?」
「真冬並と、そう報じられてすらいるらしい。一体全体、春とは何だったのかと」
「いやはや、全くのことですよ。うう、こうなったらもう、先輩抱き枕を復活させる時が来たとしか――」
「一応、電気ストーブを出しておきはした」
「ストーブとか、そういうのはいいのです。私は今、先輩に抱き付きたいのですよ。わかってくださいよ!」
「……まあ。俺としても、吝かではないのだが」


◆【20150409】
「ふと、思ったのですけれど」
「どうした」
「インターネットブラウザとか、某SNSとかにある、『お気に入り』。……これって、自尊敬語ではないのかな、と」
「なるほど。言われてみれば」
「つまりですよ。『お気に入り』欄にウェブサイトを登録したり、投稿に『お気に入り』マークを付けたりする、そのときは……」
「ああ」
「こう、ろりっとしたお姫様になりきって、『そなた、気に入ったぞ!』……とでも言うようなこころもちで、行うべきなのではないのでしょうか」
「……。与太話ではあるものの、どこか心惹かれる部分があることは、ネット社会の生み出せし罪業と言えるだろうか」


◆【20150410】
「二度寝って、とっても素敵なものだと思うのです」
「まあ、認めぬわけにはいかないな」
「であるならば、三度寝も、きっと素晴らしいものだと思うのです」
「ふむ」
「そして、四度寝、五度寝ともなれば、きっとそこには、この世の楽園があるはずなのですよ」
「……そうだろうか」
「六度寝、七度寝。そして八度寝。……ここまで来れば、もはやこの世ならざる楽園が……!」
「……。それは恐らく、永眠と呼ばれるものだろう」
「あはは。ばれました?」


◆【20150413】
「長い、谷に、部活の部と書いて、はせべと読む苗字がありますけれど」
「まあ、あるな」
「……ちょう、や、べえ」
「……」
「……ちょうやべえ」
「……!」


◆【20150414】
「先輩」
「……」
「正直に、言わせていただきますと」
「……」
「ちょっと、驚いちゃったのですけどね」
「……」
「先輩が、こんなにも心を乱されて、辛いと思うことがあるなんて、と。先輩が、こんなふうに、私のからだを抱き締めてくることがあるなんて、と」
「……」
「ですが。……ですけど。……ねえ、先輩。私は、先輩の苦しみや悲しみを、全部ぜんぶ、なにもかも抱きかかえて、愛おしみたいと、慈しみたいと、ずっとずっと、思ってました」
「……」
「だから、先輩」
「……」
「先輩」
「……」
「せんぱい。――ん」
「……!」
「……あはは。お酒くさい」
「あ、ああ。すまん」
「ふふ……」
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