彼:
お好み焼き屋に入店すると、蛸玉と共にビールを頼む。
焼き上がってゆく過程を、飲酒しながらぼんやり眺めているのが好きなのだ。

後輩:
お好み焼きでは、肉類の入ったモダン焼きを好む。トッピングは多い程良い。
麺の入った分厚い生地を、ざくざく切り分けてゆく作業が好きなのだ。


◆【20150206】
「こう見えて、実は面食いなものでして」
「なんと」
「あ……ごめんなさい、先輩。メークインの間違いでした」
「ポテトとな」
「ふふふ。煮崩れ、しづらいんですよ?」
「何故、近寄りながらそれを言う」
「つまりですよ、先輩」
「う、うむ」
「――後輩の煮物とか、いかがでしょうか?」
「……」
「たとえ湯の中、出汁の中」
「……どうしろと」


◆【20150207】
「……ん」
「お目覚めか」
「ぁ、せんぱい……あれ、私、寝て……?」
「この寒い中、着る毛布一枚きりで転寝か。感心しかねるところだな」
「ち、違うんですよ。これはあくまで、先輩のお帰りを待つあいだ、ちょこっと横になってみようかなーなんて、そう、魔が差したとでも言いますか――」
「落ち着け。まあ、コーヒーでも飲むが良いさ」
「うう、ありがとうございます。本来でしたら、ちゃんと私が……」
「すまん、役目を奪っていたか。……であれば、今の俺を名付けるならば」
「な、名付けるならば?」
「妖怪『美味しいとこ持って行き』とでも、なるのだろうか」
「雑っ。名前、雑っ!」


◆【20150208】
「寒さいや増し、空気の乾きは肌を苛む。……そういう、苛酷な冬の日々ではあるが」
「ええ。それはもう」
「そこで、俺は考えたのさ。破れ剥がれた唇の皮を、ポン酢に浸してみてはどうだろうかと」
「……はい?」
「或いは、鶏皮じみた肴になるやも知れん。味覚の扉が開かれるのではなかろうか」
「……先輩」
「とはいえ、問題が一つある。表皮の剥がれた口唇に、酸味はさぞや沁みるだろうと――」
「先輩。先輩っ!」
「――すまん。どうかしていた」
「あはは、戻って来れらて良かったです。……えっと、塗りましょうか? リップクリーム」
「そうだな。頼む」


◆【20150209】
「らいくあふんふんふんふんふーんふふーん」
「……」
「らいくあふんふんふんふんふーん」
「……」
「いっつざじぇーねれーいたー」
「……何とまあ、ふわふわしていることだ」
「えへへ。ふわふわー」


◆【20150210】
「ひとつひとつを、覚えているはずもない。まして、確かめるすべもない。……それでも、ですよ」
「ああ」
「歩く、見上げる、息をする。ありとあらゆる行動は、現実として、積み重なってゆくのですから」
「……」
「そうやってたくわえられた、事実は、過去は。唯一無二の、確定的なものだと思うのです」
「ふむ」
「って、当たり前みたいなことですけどね」
「当然過ぎて、むしろ一種の発見ではあるな。……記憶としての『過去』なるものが、所詮、歪んだ主観に過ぎないのだとしても」
「ええ。これまで辿った道筋は、繰り返してきた一歩一歩は、絶対のものであるはず……」
「とはいえ、しかし。確認すること叶わぬ以上、想いを馳せる他なかろうが」
「あはは、かもですね。……でも、たとえば本か何かみたいに、それを読むことができるとしたら」
「うむ」
「私は。一つ、知りたいことがあるのです」
「聞かせて貰おう」
「つまり、ですね。――『先輩』、と」
「……」
「これまでに、私は何度、声に出して言ったのでしょう?」
「もはや、天文学的数値に至りそうな気配があるな……」


◆【20150211】
「先輩。……ふふ、先輩」
「これで、『先輩』二回が追加だな」
「ええ。そしてこれから先も、きっと、ずっと、増え続けてゆくと思うのです」
「そうであれば、幸いだ」
「正確な観測ができないのだとしても、膨張を続けることだけは確定事項。……これは、つまり」
「つまり?」
「そう。宇宙的事象としての先輩概念……!」
「何やら、話が壮大になりつつあるのだが」
「スペース先輩、いえ、コズミック先輩?」
「人を、外宇宙の邪神のように呼ぶんじゃない」


◆【20150212】
「眠れなくとも、良いのかも知れないな」
「先輩?」
「布団に入り、七時間。たとえその内、四時間しか熟睡できなかったのだとしても――」
「えっと。――残った方の三時間は、決して無駄なんかじゃない、ですか?」
「そういうことだ」
「……あの、もしかして」
「うむ」
「先輩、あんまり眠れてない?」
「いや、世間一般の話題に過ぎないさ。ただ横になり、布団に包まっているだけで、変わってくるものもあるのだと」
「ん、なるほどです。……確かに、そういうことはあるかもですね」
「ああ」
「もふもふと、ぬくぬくと。大事なことだと思うのですよ」
「もはや、神聖ささえ覚えざるを得ない擬態語だ」


◆【20150213】
「告白、しちゃいますけど」
「唐突に過ぎ、緊張せざるを得ない類のものではあるな。……まあ、拝聴しよう」
「えっと、先輩」
「うむ」
「私、ひとりで家にいるときに……」
「あ、ああ」
「先輩、と。呟いてみることが、あるのです」
「……」
「どうしようもなく、こころが落ち着かないときに。どうしようもなく、きもちが昂ってしまったときに」
「……それは」
「それで、私は――」
「待て、やめろ。……あのな」
「むむ」
「それを今、聞かされる方の心持も、少しは考えてみて欲しい」
「ふふふ。もちろん、わざとに決まってるじゃないですか」


◆【20150215】
「ふむ」
「――うあっ!?」
「なんと、奇遇であることだ。夜明けの散歩か?」
「はむっ、んぐぐ」
「……落ち着け」
「――んくっ。お、おはようございます、先輩」
「ああ。おはよう」
「びっくりしましたよ、もう」
「お互い様だ。……しかしまあ、碌に陽も昇らぬうちから、退廃的な買い食い行為とは」
「いやー、あはは……。肉まんって、食べたくなると、どうにも抑えが利かなくなっちゃうじゃないですか」
「ふむ。一応、肯える意見ではあるか」
「こうなればもう、先輩も道連れです。……朝ごはん、まだですよね?」
「そうなるな」
「いいですか。大切なのは、想像力です」
「う、うむ」
「つまり、こういうことなのですよ。……ほかほかに蒸された生地を割ってみれば、蕩けるような豚肉の香りが立ち上る。澄み切る夜明けの大気の中で、それは魅力的に鼻をくすぐる――」
「……」
「舌を火傷しちゃいそうなほどあつあつで、そして濃厚な醤油の風味。ひとくち齧れば、胸いっぱいに広がってゆく、冬の日の幸せの味――」
「……く」
「どうです。いかな先輩といえ、この魔力には抗えまい……!」
「……完敗だ。コンビニへ、行ってくる」
「ふっふっふ……」


◆【20150216】
「この世に生れてきたという莫大なマイナスを、どうにかゼロに近付けてゆくことが、『生きてゆく』といういとなみなのかも……」
「一理あるな」
「……へ?」
「どうした」
「え、いや、その。今の、私、口に出して……?」
「……無意識か」
「うわ、うわ。あのこれ普通に恥ずかしいんですけれど、これ、どうしよう。どうしましょう、どうしちゃいましょう、先輩」
「ま、まあ。茶でも飲め」


◆【20150218】
「ナラティヴ。奈良的」
「……ふむ」
「こういう具合で、他の都道府県も、いろいろ探してみたのですけれど。……一晩かけても、面白味のあるものは、まるで見出せませんでした」
「何と言うか……妙な苦労をしたものだ」
「全くですよ。眠い目こすり、私は何を必死に辞書引いていたのかと……」
「……ちなみに。その単語の発音は、むしろ『ネレティヴ』が近い。まあ所詮、日本語表記の問題ではあるが」
「て、訂正されつつ、微妙なフォローを受けてしまいました……」
「補足しておくと、正しい意味は、名詞で『物語』、或いは『話術』『語り口』。形容詞も同じスペルだ」
「追い打ちやめて!」


◆【20150219】
「さて、先輩」
「さてとは、一体」
「『概念』という言葉の意味を、例を使って説明してみてください。制限時間、三十秒で」
「なんと」
「それでは、ふぁいっ!」
「……。概念とは、大雑把に言うならば、ものを抽象化した意味のことだ。例えば現実世界には、限りない数の、猫という動物がいる。それらは全て別の特徴を持つ、別の個体でありながら、我々はそれを、等しく『猫』だと思う。四本足で歩行し、体毛に覆われており、大きな眼を持ち、にゃあと鳴く。人はそうした共通性を抽出し、その総体に、『猫』と名付けた。この『猫』なるものが、概念の一例と言えるだろう」
「……」
「と。こんなところか」
「さ、流石は先輩。ジャスト、三十秒でした……」


◆【20150220】
「――あ」
「どうした?」
「いえ、そこの……天井の木目模様が、剥がれた部分。何だか、妙な生き物に見えません?」
「ふむ」
「こう、ふわふわというか、もさもさというか。ずんぐりした胴体に、短い足と、小さな耳が」
「……ああ」
「ね、先輩」
「そうだな。……毛深いというよりは、寿司のシャリ部分のような」
「な、なるほど。言われてみれば?」
「そして、この表情だ」
「ええ。表情ですよ」
「世界を侮蔑するかのように、怠惰に舌を突き出しながら」
「まるで全てに倦んだみたいに、虚ろな瞳を閉じかけて――」
「……」
「……」
「――はっ」
「――み、魅入られてました……!」


◆【20150221】
「『プトレマイオス』」
「す、……『スラーティバートファースト』」
「『トカマク型核融合炉』」
「わあ、理系用語。えっと、『ロンバルディア』」
「ま、よく知らないけどな。……『アステロイドベルト』」
「『特殊警棒』!」
「海千や……ではなく、『運命論者』」
「お腹がすいてきたので、『焼肉定食』」
「『クリアスタッド』。……何か、食べに行くか?」
「『どうしましょうか』」
「『考えが纏まったら、また言ってくれ』」
「いえ、もう決めたのです。ですから、……『冷凍保存』で、落としましょう」
「終わりだな。出掛けるか」
「はいっ」


◆【20150222】
「当たり前といえば、そりゃもう当たり前のことなのですが」
「うむ」
「まるで輝く刃のような、三日目の月。……でもそれは、丸い衛星の端っこが、光って見えているだけなのですね」
「そうだな。目を凝らしてよく観ずれば、円状なる月面の、暗い部分も見え得るだろう」
「ええ。……つまりですよ、先輩」
「ほう?」
「これは、そう。人の心になるものについて、陽の当たる場所がくっきり見えていながらも、それと同時に、後ろ暗い暗黒面が――」
「……」
「……ごめんなさい。今の、やっぱりなしで」


◆【20150223】
「陽だまりの裡、ベンチで昼休憩を取っていた。その場所は、ぬくもりに満ちていた」
「うんうん、今日は暖かかったですもんね。春の息吹が、間近に感じられるようでした」
「そうだな。……風もそう強くなどなく、春めいた陽光に炙られて、ぬくぬく、ぽわぽわしていたことだ」
「なんだか、かわいい先輩です」
「……まあ。ともあれ」
「ともあれ?」
「俺は、珈琲缶を片手に持って、大層、ぼんやりしていたようだ」
「それは、とっても素敵なことですね」
「うむ。……そして、ぼんやりとした時空間は、おかしなビジョンを連れて来るものでもあるらしい」
「ふむむ?」
「微睡みながら、俺は、君の姿を想起していた」
「お、おお」
「エプロンドレスと、フリル過剰な白いカチューシャ。――所謂、メイド服に身を包んだ、君の姿を」
「あの、いや、ちょっと待って。――今、何を仰いました?」
「メイド服を」
「うわあ、幻聴じゃなかった!」


◆【20150224】
「往年のテレビドラマに、『なんとか刑事』って、ありましたよね」
「刑事と書いて、デカと読む。色々と、世相を反映したものではあったようだな」
「今、そんなにありませんもんねえ。けーじドラマ」
「ついでに言えば、当時の警察活劇は、捜査員によるバイオレンス・アクションなども、豊富に盛り込んでいたようだ」
「みたいですね。それがいつしか、イメージダウンがどうのこうのと……」
「うむ。時代だな」
「そこで、一つ。昔気質の刑事ドラマを、考えてみたのです」
「ほう」
「名付けて曰く、そう。『わからい刑事』!」
「何やら、話しの落ちが見えてきたのだが。……拝聴しよう」
「独断専行、暴力捜査はあたりまえ。決して相棒を作らない、機構に住まう一匹狼――」
「黄金時代を映しつつ、現代聴衆の興味をも惹きそうだ」
「追い詰められた犯人は、動揺していうのです。……『何故、ここが分かった!?』」
「待った」
「ん、先輩?」
「主役の決め台詞は、俺に言わせて貰うとしよう」
「あはは。もちろん、構いませんよ?」
「ああ。――『分からいでか!』」


◆【20150225】
「先輩せんぱいっ」
「勢い込んで、どうかしたのか」
「温泉ですよ」
「温泉なのか」
「温泉地ですよ」
「温泉地なのか」
「温泉旅館ですよ」
「温泉旅館なのか」
「ですから、先輩。さっそく、温泉旅行に出かけましょう」
「いつもながらに、何たる性急さであることか」
「だって、見えてしまったのですよ」
「見えたとな」
「そう。……そこは、純和風の温泉旅館。部屋はもちろん、畳敷き」
「温泉宿というならば、やはり和風であるべきだろう。……それで?」
「宿につくと、まずは畳の上でごろごろします。これはもう、儀式みたいなものですよ」
「そして茶を淹れ、茶菓子をつまむ。大画面のテレビには、夕方のニュース番組」
「おお。先輩にも、見えてきたようですね」
「まあな。……して、続きは?」
「こほん。……部屋でだらだらしていると、食事の時間のご到来。渓流沿いの宿なので、焼き魚などを頂くのです」
「それはまた、素晴らしい」
「食堂から帰ってきたら、いつの間にやら、部屋にはお布団が敷いてあるのですけど……」
「旅館らしく、サービスが行き届いているな」
「当たり前のことですが、寝具はふたつ」
「ああ」
「でも、むふふ。先輩と私のふたりには、ひとつで十分」
「そうだろうか」
「あるいは、こういう流れかもですね。最初は渋っていた先輩も、ついには折れて、いっしょの布団で寝ることに同意しちゃう」
「……」
「そしてもう、それはもう、思う存分いちゃいちゃしちゃうわけなのですよ!」
「ふうむ」
「どうです、この完璧な旅行計画……!」
「……。一つ、忘れていることがあると思うが」
「む、ふむむ?」
「温泉要素は、どこ行った」
「――あっ」


◆【20150226】
「きらきら星」
「人口に膾炙した、シャンソンの一つだな」
「一文字置き換え、……むらむら星」
「何だその、怪電波を放ちかねない妖星は」
「続きまして、ひらひらフリル」
「清楚かつ、愛らしさを持ち合わせた服飾か」
「一文字置き換え、……むらむらフリル」
「剣呑なるコスチュームを、思い起こさずにはいられまい」
「続きまして、イライラ――」
「待て。それはよせ」


◆【20150228】
「心地良く吹く優しい風に、世界がざわりと揺れたから」
「ん……」
「雲間に見える空の青さが、酷く透き通って見えたから」
「……ふむむ」
「風に紛れた感傷が、眼に刺さったとでも言うべきか。……すまん、意味不明だな」
「あはは。いえいえ」
「そうか?」
「だって、こんなにも穏やかで、透明な風が吹く日なのですから。……ぼんやりとした感傷に、身を心をひたしてしまうのも、致し方ないというものですよ」
「……。それも、そうだな」
「ね、先輩」
「ああ」
「……本当に。気持ち良い風が、吹いていますね――」
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