彼:
作る料理は、典型的な一人暮らし男性のそれである。
炒めるだけ。煮込むだけ。調味料は塩胡椒、めんつゆと醤油のみ。なお焼肉のたれは卒業した。

後輩:
年齢を鑑みれば、という条件は付くものの、調理技術はそこそこ高い。
揚げ料理を作るのが好きであり、常に機会を伺っている。作り過ぎた鶏の唐揚げを、夜食や朝食として残しておくことに幸せがあるらしい。


◆【20150117】
「中学生や高校生が、いわゆるところの、えっちな知識を持っているのは、もう当然のことだと思うのですよ」
「……ううむ」
「つまりですね。今の世の中において、『耳年増』なんて言葉が成立するのか否か、という話でありまして」
「またぞろ、剣呑な話題だが。……しかしまあ、インターネットの発展が、情報入手のあり方を書き換えたという事実は、肯わぬわけにはいかないな」
「ええ。今や、河原で雑誌を拾い歩くような少年像は、レトロの産物に成り果ててしまったのです」
「……まあ」
「そして私も、それなりに――」
「――待て。この話題は終了だ」


◆【20150118】
「先輩の。初恋のお話、ですとか」
「……ふむ」
「ちょっと怖いですけれど、聞いてみたい気もします」
「却下だ。まあ、分かって訊ねているのだろうが」
「むう。知りたいと思う気持ちも、本物ではあるのですけどね」
「しかしだな。逆の立場で、考えてもみるがいい」
「ん。……お話、しましょうか?」
「なんと」
「そう、あれは、幼稚園生の頃、芋掘り遠足でのことでした。秋の夕陽に照らされて、両手いっぱいに抱えたさつまいも――」
「……嘘だな」
「……はい。嘘です」


◆【20150119】
「ひとつ、先輩のキャッチコピーを考えてみたのです」
「また、唐突だな」
「大胆にして歯切れよく、そして緻密な言語表現。……私なりにではありますが、結構、頑張ってみたのですよ?」
「ふむ。そこまで言うのであれば、謹んで拝聴しよう」
「こほん。……『息をするように酒を飲み――』」
「――さて、日本広告審査機構の電話番号は、と」


◆【20150120】
「怖い、と。そう、思ってしまうのです」
「……」
「短く、巧みに、いかにも食いつきやすく加工された、安っぽい、悪意に満ちた嘲り笑い。まるで腐肉をむさぼるように、それに集まる人々の群れ」
「……ふむ」
「それは、闇の中に浮かびあがる眼。何万、何十万もの、感情のない不気味な光」
「粗悪で安易なコンテンツの、拡散、複製、そして無批判な受容の連鎖、か?」
「……ん。その通りです、先輩」
「なるほどな」
「私は、それが怖いのですよ。そこで、意味と知性が死んでゆくということ。だれもかれもが、疑いを持ってなんかいないこと。……いえ、どうしようもないのだと、理解してはいるのです。……でも。でも」
「ならば、せめて。己の心の城だけは、守り抜かねばならないだろう」
「心の、城」
「抗いながら、ただ生きる。城壁の上に立ち、世界と対峙する方法を模索する。心の裡にある文明を、決して滅びさせはせぬように」
「……」
「世界を揺るがす、抵抗の歌はない。月を撃つことはできない。世界を変えることはできない。それでも、己の世界を守り通すことだけは――」
「――絶対に、やめてはいけない。きっと、それは死と同じことだから。……ですか?」
「ああ。……そして、逆に言うのなら」
「……」
「たとえ勝機が、見えずとも。抗うことを止めない限り、それは敗北ではないさ」
「……ふふ。ねえ、先輩」
「どうした?」
「今の先輩。なんだか、売れないパンクロッカーみたい」
「……む」


◆【20150121】
「エプロン、持ってきてみました」
「ふむ」
「こっちでお料理する機会も、結構増えて来ましたから。先輩さえ宜しければ、置いといて頂けないかな、と」
「忌避の余地など、何処にもないさ。むしろ、いつも助かり、ありがたく思っていることだ」
「……ん」
「この部屋で、誰かと食事を共にすることがあるなどと。まして、手料理を振る舞って貰うことがあるなどと。予期すべくもない幸いだった。……改めてのことではあるが、ありがとう」
「て、照れる照れる。でもそれは、こちらこそなのですよ、先輩?」
「嬉しい言葉だ。……そうだな、折角ならば」
「ん、先輩?」
「持って来たという、そのエプロン。今、着てみてはくれないか」
「あ……はい。えっと、じゃあ、失礼して」
「うむ」
「ん……やっぱり、ちょっとおかしいですかねえ? 学校制服の上から、エプロンなんて」
「いや。結婚したい」
「――ちょっと待って!?」


◆【20150122】
「……ふむ」
「ん、せんぱ――んむっ!? わ、あの、先輩?」
「いや、なに。口元をだな、こう、ふにふにと」
「せ、説明されましても……ん、これ、へんに恥ずかしいのですけれど」
「そういうものか」
「うわ、先輩が聞く耳持ってな……ん、むう……」
「……」
「……はむっ」
「……!?」


◆【20150123】
「ドーナツのハイカロリーっぷりは、それはもう、おぞましいほどのものがありまして」
「ふむ。小麦粉、卵、バターを練った揚げ料理ともなれば、それも必然ではあるな」
「ええ、ですね。……ちなみに、具体的に言ってみますと」
「拝聴しよう」
「ミスタードーナツのオールドファッション一個分が、カルビーのポテトチップスうす塩味、一袋分に相当します」
「容赦ない歯に衣着せなさは、一応置いておくとして。……とすると、三百数十キロカロリーというところか?」
「ですです。二つも食べれば、立派に夕食一食分になっちゃうのですよ」
「なんと。恐ろしいことだ」
「ええ。恐ろしいことなのです」
「……。それで」
「はい?」
「これは、一体何の箱なのだろう。何やら、横長の直方体状をしているのだが」
「……えへへ」


◆【20150124】
「そんな文章作成ソフトに出てくる邪魔なイルカを消す方法を考えているみたいな顔をして、どうしたんですか先輩?」
「いや、なに。文章作成ソフトに出てくる邪魔なイルカを消す方法を考えていたのさ」
「……先輩が、意地悪です」
「はは。すまん」
「こほん。……それで、本当は何を?」
「時間の経過が解決してくれる問題もある、ということについて、少し考えを巡らせていただけだ」
「おお。ちょこっとシリアスな感じです」
「つまりだな。例のイルカも、マイクロソフト・オフィスがバージョンアップするのに従って――」
「――繋がっちゃった!」


◆【20150125】
「その名は、妖怪『小腹満たし』」
「何だその、地方ローカルの説話にしか居場所のなさそうな、ピンポイントな怪異存在は」
「驚くなかれ。小腹満たしとは、その家に住む人の空腹信号を、巧みに読み取る怪異なのです」
「一応、詳しく聞いておくとしよう」
「それじゃあ、一つお話を。……陽は山際に落ちかかり、街が橙色に夕暮れるころ。彼は休日のお勤めを終え、いつもより少し早めに、家に帰り付いたのでした」
「何やら、身に覚えのある話だが。……それで?」
「ええ。……そこで彼は、思うのです。お腹がすいたとは言えないけれど、ちょっと何かは小腹に入れたい。だからといって、お菓子を食べる気分でもない。料理をする気にもなれない」
「なるほど。ありうべき一幕だ」
「すぐ食べられるものはないと知りつつも、なんとはなしに、彼は冷蔵庫の扉を開く――」
「……」
「――するとそこには、ラップに包んだおにぎりが!」
「なんという、あからさまなる有難さ……!」
「これこそが、小腹満たしのしわざなのです」
「妖物であるとはいえど、是非、うちにも来て欲しいものだ」
「これは、きっとあなたの身近にもある怪異。……もしかすると、今この時の先輩にだって、無関係ではないかもですよ?」
「――よもや」


◆【20150126】
「とは言うが。生きることそのものが、ある意味シュールギャグの極地なのでは?」
「……先輩?」
「つまりだな、たとえばこの、一杯のブラックコーヒーなどというものは……」
「ふむふむ」
「……いや」
「は、はい?」
「すまん。何でもない」
「え、ええー……」


◆【20150127】
「焼いてないのに、土手焼き」
「牛筋の煮物だな。あれは美味い」
「まぐろに関係がないのに、ねぎま」
「確か、元は、葱と鮪の鍋料理なのであったか」
「木綿の布でこしてなんかいないのに、木綿豆腐」
「絹ごし豆腐と、並置させる目的を感じるな」
「と、このように。名前と矛盾した食べ物は、色々とあるのですけど――」
「ああ」
「――最高峰は。やっぱり、すきやきふりかけだと思うのです」
「確かに、すきやき要素は、まるで感じられないものではあるが……」
「でも。美味しい」
「そうだな。美味い」
「こうした矛盾を受け入れながら、人は大人になっていくのですねえ」
「苦悩と蹉跌、その果ての受容」
「甘い味、辛い味、苦い想い出。……ほろり」


◆【20150128】
「ねえ、先輩。……ひとつ、悩み事がありまして」
「こうして持ち掛けてくるとは、珍しい。聞かせて貰おう」
「昨日の夜から、なのですけれど。なんだかおかしな考えが、ぐるぐる回って仕方ないのです」
「ふむ。何やら、深刻そうに聞こえるのだが……」
「深刻と言いますか、重症と言いますか」
「つまり?」
「えっと、つまり。――白黒模様がうにうに動くマスクを被り、トレンチコートを着た男性になら、指の骨を折られてみるのもいいかなあ、と」
「……ああ」
「恐怖の対称形……すてき」
「……。狂気は伝染する、か」


◆【20150129】
「ねえねえ先輩。人という字はですね――」
「うむ」
「――二つの画から成り立っているのですよ!」
「そうだな」
「……」
「……」
「……というわけで、こちら、何か面白いことを言おうとして、みごと爆死を遂げた一例となっております。御照覧あれ」
「ま、まあ……気に病むな」


◆【20150130】
「定番の嘘に、一ひねり。ちょこっと言い方を変えてみるだけで、信憑性が増したりもするのです」
「頷ける話ではあるが、ひとつ、具体例が欲しいところだな」
「たとえば、そう。……おおもとの意味を変えずに、言い回しだけ置き換えてみて――」
「うむ」
「――あっ。あんなところに、フー・ファイターズ!」
「……来日公演!」


◆【20150131】
「ねえ、先輩」
「うむ」
「今の私は、先輩と一緒に、お布団に包まっているわけですよ」
「唐突にも程がある説明台詞ではあるが、違いはないな」
「ぬくぬくして、ぽわぽわして、幸せなきもちなのですよ」
「良いことだ」
「ですから、こんなふうに、手とか握ってみちゃったり」
「ああ」
「ちょこっと、足とか絡めてみちゃったり」
「……何と言うか、程々に頼む」
「あはは、ごめんなさい。……えっと、つまり。分かりやすく言い表すと、私は今、先輩と、いちゃいちゃしているわけなのですけれど」
「疑いの余地もなく、いちゃいちゃしているな」
「こうしていると、何だかちょっと――」
「うむ」
「――人生について、考えたくなっちゃうのです」
「……待て。幾ら何でも、ふわふわ過ぎる」


◆【20150201】
「物語とは、所詮、限定された時空間を切り取ったものでしかない。とある人物の一生を、恣意的にカットアップしたものでしかない」
「ふむふむ?」
「シナリオの終端部分、という刹那。その瞬間に限定された幸いを、『ハッピーエンド』と呼称する。……或いは、皮肉めいている気もするな」
「んー、むむ。……たぶん、それって、前提次第だと思うのです」
「前提、か」
「ええと、つまり。物語って、『限定された時空間を切り取ったもの』と、本当にそう言えるのでしょうか?」
「……ふむ」
「そもそもそれは、何かの切り抜きじゃあないと思うのです。物語は物語であって、物語以外の何かではないのですから」
「なるほど。……物語の外、エピローグの先という概念は、もとより存在してなどいない」
「ん。……だって登場人物は、現実に生きる人間ではないのです。そこで語られ、描き出されただけの存在。お話の始まりと終わりがあって、その外側は、きっと何もない虚無」
「ふむ。一つの見解として、肯えるものではあるな」
「ええ。ですから、……」
「どうした?」
「……ごめんなさい、先輩。自分で語っておきながら、なんだか寂しい、辛い気分になっちゃいまして」
「……まあ。そういうことも、あるだろうさ」


◆【20150202】
『……あ、先輩。もう、十円玉が』
「そうか」
『ごめんなさい、突然、公衆電話から掛けちゃいまして』
「いや。……電話ボックスには、レトロ憧憬に似た風情すらあるものだ。使ってみたいと希うのも、一つの道理というものさ」
『さすが先輩、分かってらっしゃる。……言うなれば、平成浪漫?』
「言い得て妙だ」
『他にもたとえば、MDプレイヤーですとか――』
「膨らみそうな話題ではあるが、時間が無いぞ」
『わっと。それじゃあ、先輩。七時半ぐらいには、お邪魔することになると思います』
「了承した。また、後で」
『つー、つー、つー』
「……何故、敢えての口真似を」
『あはは。何か、中途半端に通話時間が余っ――』
「……」


◆【20150203】
「先輩先輩。ラジオですよ。ラジオやりましょう」
「またぞろ、唐突な表明ではあるが。……して、如何な内容なのだろう」
「そりゃもちろん、決まってますよ。ただもう、ひたすらにもう、ロックソングを流すのです」
「なるほど。オーセンティックな、有線スタイルというわけか」
「ですです。そしてオープニングは、ラモーンズのあの曲で」
「何百番煎じなのかも分からんが、良しとする。……では、番組タイトルは?」
「ふっふっふ」
「何やら、自信がありそうだ」
「ええ。タイトルは、そう――」
「うむ」
「『レディオ・ノーウェア』!」
「お先真っ暗と言うべきなのか、反骨心に満ちていると言うべきなのか……」


◆【20150204】
「ねえねえ、先輩先輩っ」
「うむ」
「今日、とってもセンス・オブ・ワンダーなできごとがあったのですけれど……」
「ふむ。カーソンの著作でも読んだのか?」
「……怒りますよ?」
「……すまん。度が過ぎた」


◆【20150205】
「空は黒くて。部屋は暗くて」
「ああ」
「カーテンの隙間から、街路の灯りが入り込んでいて。……確か、ナトリウム灯でしたっけ?」
「橙色は、ナトリウムだな」
「ん。……黒と、オレンジ」
「闇と、光だ」
「ええ。暗闇と、薄明り。……その中で、からだを寄せて、頭を預けて。先輩と、二人きり」
「違いない」
「あはは。だから何だと言われると、答えようもないのですけどね。……でも、私は思うのです」
「……」
「今、この時に、この場所に。確かに、一つの世界があるのだと」
「……ああ」
「……ん、……ふふ。手、冷たい」
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