彼:
熱燗や焼酎の湯割りを飲むのが幸せなので、寒い季節は嫌いではない。
そして勿論、寒いのは苦手。

後輩:
布団や炬燵に包まっているのが幸せなので、寒い季節は嫌いではない。
そして勿論、寒いのは苦手。


◆【20141106】
「――わはあぁ」
「うむ」
「来ましたか。今年も遂に、この日が来てしまいましたか」
「流石に、寒くなってきたからな」
「こたつ、それは全日本人の故郷」
「過言でないな」
「今日から私、この中で暮らします」
「それもよかろう。尊重すべき選択だ」
「……」
「……」
「冗談で言ったつもりが、本当になりそうで怖いですねえ」
「冗談だったのか?」
「……。冗談じゃなかったかも?」
「まあ、何だ。……低温やけどには、気を付けてな」
「あはは。了解です、先輩」


◆【20141107】
「夜出歩いていた先輩は、百鬼夜行に遭遇してしまいました。何か手を打たないと、見るも恐ろしい鬼たちに食べられてしまいます。……先輩は、この危機をどう乗り切りますか?」
「……。来年は、西暦二千十五年のようだ」
「おお、つかみはいい感じ」
「和暦に言い換えるなら、平成二十七年だな」
「どんどん、場が暖まって来ているようですよ」
「来年の目標は、フルマラソンを完走することだ」
「大爆笑の渦……!」


◆【20141108】
「それにしても、ほんとに寒いですねえ」
「全くだ。炬燵だけでは、最早どうにもならないか」
「でももしかすると、気の持ちようかもですよ」
「ふむ」
「ですからここは、温かい料理の名前を挙げて、気分だけでも温まってみましょう」
「なるほど。いい考えだ」
「では、失礼して。……オニオングラタン」
「フランスの片田舎の、穏やかな家庭を連想するな。熱々のスープに、香ばしく焼けたフランスパン。そして、蕩けるチーズの濃厚な風味」
「鍋焼きうどん」
「やはり、土鍋の持つ風情は格別だ。沸騰したまま供されるのも、いかにも温かい。煮汁には海老天麩羅の衣が溶けて、うどん特有の味わいを作る」
「あの、先輩。……これって、温まるというよりは」
「うむ。……腹が、減ってくる」


◆【20141109】
「んー……ぬくぬく」
「ざあざあと雨の音、水溜りに轍を刻む自動車の遠い残響……」
「雨降る寒い休日の朝は、お布団にくるまってるのが何よりです」
「全く以て、反論の余地もない」
「むふふ……」
「御機嫌のようだな」
「ええ。ご機嫌すぎて、こう――」
「うむ」
「先輩の、鎖骨をですね」
「……」
「執拗に撫でてみたりとか、しちゃいたいぐらいなのです」
「やりながら言うあたりが、御機嫌度合いの指標というわけか……」


◆【20141110】
「ところでですよ、先輩ちゃん」
「どうかしたのか、後輩ちゃん」
「……」
「……」
「……なんか、こう。申し訳ないのです」
「……いや。考え無しに、乗った俺も悪かった」


◆【20141111】
「お爺さんは山へ竹取りに、お婆さんは鬼のいぬ間に命の洗濯をしているのでした」
「複雑な家庭事情が、垣間見えた気がしたのだが」
「そう、それは人の心に巣食う鬼」
「桃太郎はどこいった……」


◆【20141111-2】
「一辺四十里の大岩を、三年に一度だけ撫でるとして、岩が擦り減って消えるほどに長い時間を『劫』というそうだ」
「私が先輩の頭を撫でて、先輩の髪の毛が薄くなって消えるより、ずっと長そうな感じです」
「何という、縁起でもない比較」
「なでなで」
「……」


◆【20141112】
「本に挟む栞って、何といいますか……」
「うむ」
「名前といい、かたちといい、役割といい」
「うむ」
「こう、……萌えません?」
「……全く以て意味不明にも関わらず、どこか納得してしまう節があるような気もするな」
「きっと、それが萌えってものなのですよ」
「深遠なのだな……」


◆【20141113】
「アスファルトを削るタイヤの低音。カーテンの隙間から差し込む街灯」
「……」
「闇は深く、大気は青く」
「……」
「深夜の寝覚めは酷く寂しく、独り、蒸留酒を舐めたりしてみるも……」
「……」
「いい寝顔だ」
「……」
「夢を、見ているのだろうか」
「……」
「どんな夢だろうな」
「……」
「怖い夢、楽しい夢、理屈通らぬ夢、しかしどうあれ、陽射しのもとに掻き消える――」
「……」
「――『或いは露落ちて、花残れり。残ると雖も、朝日に枯れぬ。或いは花しぼみて、露なほ消えず。消えずと雖も、夕べを待つことなし』」
「……」
「……寝るか」
「……」
「また明日、現に会おう。……おやすみ」


◆【20141114】
「たとえばビールとウイスキーのような、度数の異なる酒を一時に飲むことを、『ちゃんぽんにする』というが」
「いいますね」
「語源のうちの一つに曰く、平民的なる『ちゃん』という鉦の音、貴族的なる『ぽん』という鼓の音、これらを共に打ち鳴らす様から来ているのだとか」
「なるほど。庶民的な、高級な……」
「うむ」
「……つまり、ガリガリ君ハーゲンダッツ?」
「なるほど、上手いたとえだ」
「あはは。まあ、どっちも美味しいことには変わりないんですけどね」


◆【20141115】
「カレーは一晩寝かせると、味にこくが出るというな」
「ですね。うちだと、すぐに冷凍しちゃいますけど」
「与太話も、一晩寝かせてみれば味わいが出るのかと、淡く期待してみたのだが……」
「おお?」
「……与太は、所詮はつまらぬ与太に過ぎないのだな。悲しいことだ」
「あ、あはは。でもまあ折角ですし、披露してみるのはどうでしょう」
「それは美学が許さない」
「美学なら、先輩がいろいろ語ってらっしゃる、現時点でもうアウトなんじゃあ?」
「だって寂しいじゃないか」
「美学はどこに!?」
「しかし与太話といえば、この掛け合いも、もはや大概に与太だよな」
「言ってはいけないことを!」


◆【20141116】
「最近、どうだ」
「何が」
「……学校とか」
「別に」
「そうか」
「……」
「……」
「……先輩。このコント、どうやって収拾つければ良いのでしょうか?」
「気まずい関係というネタが、いつしか本当に気まずくなっていたという落ちだ」
「あっ、な、なるほど……?」


◆【20141117】
「普段は買わぬ、珍奇な瓶のビールを手に取ってみたのだが」
「いいことですね」
「帰り道で、栓抜きを紛失していたのを思い出してな。その足で引き返し、百円均一の店に立ち寄ってきたのだが――」
「人を無益な購買衝動へと駆り立てる、あの魔窟へと」
「ああ。察しの通り、色々と、想定外の買い物をしてしまったというわけだ」
「うん、分かります。先輩の仰ることは、確かに納得できることなのですよ」
「うむ」
「私にも、経験はありますし」
「だろうな」
「でも、その上で。敢えて聞かせて頂きます」
「甘んじて、問いを受けよう」
「……これは一体、なんですか?」
「狸の置物だ」
「五個、あるようですが」
「五つの、狸の置物だ」
「合計金額?」
「五百四十円」
「ですよねー」
「ついでに言うと、栓抜きは買い忘れた、という落ちもある」
「あ、あはは。何と言いますか……きっと、化かされたんですね」
「狸だけにな」


◆【20141118】
「昨晩、久々に、深夜のラジオ放送を聴いてみたりなどしていたのだが」
「ん……」
「ふと、受験勉強で夜を更かしていた頃を思い出してな。思いもよらず、センチメントに襲われてしまったことだった」
「わお。先輩にも、そんな苦学生みたいな想い出が?」
「そりゃそうだ」
「あはは、ごめんなさい。……そういえば、私も、ラジオは結構好きでした」
「過去形なのか?」
「一番好きな番組が、打ち切りになっちゃったのです」
「ふむ、それは残念だったな。……ちなみに、何だ?」
「先輩も、よく知ってるやつだと思います」
「ほう」
「あれですよ。……スジャータ、スジャータ」
「……時報!」


◆【20141119】
「別に、間違いじゃない。そう、分かってはいるのです」
「うむ」
「なのに。どうしても、認められない。そういうことって、きっとあるの思うのですよ」
「ある意味で、人生はそういうものの連続かもな」
「たとえば、そう。『チーズインハンバーグ』」
「……ああ」
「チーズ・イン・ハンバーグ。これって、なにか、おかしいですよね?」
「『チーズ・イン・ハンバーグ』という文言を、英語の文法的に解釈すれば、『チーズが入ったハンバーグ』ではなくて、『ハンバーグに入ったチーズ』となる。それでは何か、おかしいと」
「そういうことです。ハンバーグが主役であるはずなのに、これだと、チーズがメインみたいになっちゃってます。『ハンバーグに入ったチーズ』って、まるでハンバーグはトッピングで、チーズこそが主役であるかのような」
「うむ。確かに、おかしい。おかしいが……おかしいのだが」
「ええ。……おかしいけれど、わざわざ指摘する程のことでもない」
「そうだな。そうは思う。その通りだと思う。……だが、やはり」
「それでも、やっぱり。……チーズインハンバーグって、なんだかへんな言葉ではありますよねえ」


◆【20141120】
「実を言うと、お寿司って、あんまり好きじゃなかったりするのです」
「寿司は好かぬ、か。……だが、魚料理そのものは、割と好みだったよな」
「ええ。お刺身なんかも、むしろ大好物なのですけどね。不思議なものです」
「ならば、酢飯が問題なのかも知れん」
「というより、敢えて握ったりしなくても、普通にお刺身とごはんを食べる方が好き……という話かも」
「なるほどな。……現状において、寿司とは食事としての美味にではなく、食べ方そのものに価値を見出すものである、とも言える。御馳走と言えば寿司、という風に」
「ふむふむ。言われてみれば、そうかもです」
「寿司なんぞにしなくとも、魚の刺身はそれだけで美味である。だが人々は、わざわざ寿司を有難がる。そのような風潮に、君は異を唱えんとしているのでは」
「あー。それっぽいですねえ……」


◆【20141121】
「――く」
「もしや、右手がどうかしたのですか、先輩?」
「すまん、思い出し笑いだ。……秘められた力が疼き始めたとか、そういう話ではない」
「むう、残念です」
「申し訳ないことだ」
「ちなみに、思い出し笑いというのは、どんな?」
「み、右手が――俺の右手が」
「何、その斬新な誤魔化し方!?」
「……まあ。内容を言語化して伝えるのは、辛い類のものということだ」
「あはは。ごめんなさい」


◆【20141122】
「ねえねえ先輩」
「どうした」
「突然なのですけれど、私――」
「うむ」
「――もはや逃げ場はどこにもなくて、行き止まった深夜の波止場に車を停めて、追っ手の気配を感じつつ、コートの奥のソフトパッケージに一本だけ残っていた人生最後の煙草を吸って、長い息を吐いてからかぶりを振って、やがてグラヴ・コンパートメントから小さな自動拳銃を取り出して、叩き込むようにマガジンを装填、やがて訪れる無数のヘッドライトを睨み据え、拳銃のスライドを引く系の動作に憧れがあるのです」
「……長い!」
「でも、わかりますよね?」
「……わかる!」


◆【20141123】
「つまらぬ飲み会において浪費される時間と金の、ほんの十分の一でもありさえすれば、コンビニでポテトチップスと缶酎ハイでも買って、遥かに有意義で安楽なる時間を過ごすことができる」
「ん……」
「ましてや。その全てが、丸ごと残されたなら、と」
「……先輩。いつになく、荒れてます?」
「……すまん」
「あ、いえ。謝って頂くことではないのですけど……」
「……」
「時間と、お金。どうしようもなく、有限の資源」
「そうだな。違いない」
「大切にしたいのに、できないというのは、きっと辛いことなのですね」
「ああ……」
「えっと、先輩。うまく言えませんが、こう……」
「うむ」
「よしよし」


◆【20141124】
「先輩」
「うむ」
「……って、なんですか?」
「またぞろ、哲学的問題提起だな」
「あー、いえ。先輩が当たり前に先輩なのを、ちょっと不思議に思ったりしちゃったのです」
「まあ、今更ではあるが。確かに俺と君の間には、先輩と後輩と、定義する外的要因などありはしない――」
「はい……」
「――だが、少なくとも、俺は。俺が君の先輩であることを、嬉しく、誇りに思っているさ」
「……。私の、」
「……」
「私の、先輩」
「ああ」
「ふふふ、いい響きです。先輩、私の先輩」
「快く響くのならば、それが自然に聞こえるならば、それで良いんじゃないか」
「ええ。ですね、先輩」
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