彼:
男性。二十三歳。社会人。
後輩のことが好き。

後輩:
女性。十五歳。高校生。
彼のことが好き。


◆【20141016】
「これは、美味いな。素晴らしい」
「ふふ。褒めても何も出ませんよ?」
「うるさい、金を出せ」
「……狂気!」
「さもなくば、車を出せ」
「強盗だこれ!」
「角出せ、槍出せ、目玉出せ」
「無茶をおっしゃる!?」
「冗談さておき、本当に美味い出汁巻だ。噛み締めた瞬間の多幸感は、他の何かに喩えがたい」
「あはは、ありがとうございます。……何も出ない、なんて言いましたけど」
「ああ」
「先輩が、そう仰るのなら。またいつでも、ごちそうしちゃいますので」


◆【20141017】
「知覚できる範囲が世界なのだとしたら、世界はいかにも狭い」
「ですけど、先輩。狭いなりには広い、のでしょう?」
「ああ……、そうだな」
「一冊本を読むたびに、知らないお店でご飯を食べるたびに、新しいバンドを聴いてみるたびに。そうやって、知っていることが増えたぶんだけ……」
「世界は、少しづつ広がってゆく。狭いなりに広い世界は、狭いままに広がってゆく」
「ですから、先輩。先輩と私とふたり、こうしているこの場所は、狭い世界の端っこです」
「うむ、違いない」
「……って、まあ。町外れのもつ鍋屋なんですけどね」
「世界のフロンティアたる、締めのラーメンのお味はどうだ」
「あはは。濃厚なホルモンの風味が染みて、たいへん美味だと思います」


◆【20141019】
「じゃあ、先輩。そろそろ失礼します」
「うむ。送ろう」
「どもども。いつもごめんなさ――うわ、寒!?」
「これは。冷え込んだものだな」
「……あの、先輩」
「ああ」
「やっぱり、泊まっていくことにします」
「ふむ。望むところだ」


◆【20141021】
「先輩って、そろそろ変形したりしないのですか?」
「幾らなんでも、突拍子もなさすぎる」
「先輩ほどのお方なら、後ろ宙返りを繰り出しつつ、空中で流線的な飛行形態に変形して、そのまま飛んでいくぐらいは出来そうなものです」
「ふむ。……腕の先が反転して、マシンガンが迫り出すぐらいで我慢してくれ」
「おお、良いですねえ」
「あとは、踵の先から展開したアンカーが、地面に刺さる」
「必要性はさっぱりわかりませんけど、格好良いことだけは理解できます」


◆【20141022】
「一口に『炎の剣』と言っても、色々とあるものです」
「そうだな」
「切った相手が燃え上がる、ですとか」
「複数の敵を、素早く切り抜ける感じか」
「振り抜いた刃を、連続した小爆発が追いかける、ですとか」
「それはまた、スタイリッシュだ」
「でもやっぱり、王道は……」
「うむ。大上段に振りかぶった、火炎を纏った大剣を――」
「――爆炎とともに振り下ろす、ですよね」
「火炎放射、というオプションもありだ」
「……それにしても、先輩」
「ああ」
「こういうことを考えてる時って、どうしてこんなに幸せなんでしょう?」
「もはや、存在の根幹にすら関わりそうな問いではあるな……」


◆【20141023】
「ただいま。来てたのか」
「ぴひょろろろー」
「その笛は、正式には吹き戻しと呼ばれていてな」
「ぴひょろろろー」
「国内の吹き戻しは、八割が淡路島は八幡光雲堂の製品らしい」
「ぴひょろろろー」
「……さて、コーヒーでも淹れよう。飲むか?」
「ぴひょろろろー」
「イエスなら一回、ノーなら二回」
「ぴひょろろろー」
「うむ」


◆【20141024】
「たとえそれが、見た目のうえで似通っていたとしても……」
「ああ」
「人と人の。他人と他人の。先輩と私の考えているものが、その内容が、完璧に一致することなんてありえないのです」
「まあ、な。確かに、それはそうだが――」
「はい」
「人は、それでも繋がろうとする。言葉を重ね、表現の限りを尽くし、どうにか伝達しようとする。瑕疵無く重なりあうことなど、在り得ないと知りながら」
「ん、ですね。……そしてそうやって、泥臭く足掻き続けることが、人として生きるということなんじゃないかなと」
「ああ……」
「そんなことを、ちょっと思うのですよ」
「ならば、君は。何を考えている。何を試行錯誤している。何を伝え、共有したいと希っている?」
「はい。それは――」
「それは」
「差し当たっては、今日の晩ごはんについてですかね?」


◆【20141025】
「学校の制服が、こう、ふぇてぃしずむと言いますか。そういう対象として、あるのは知っていますけど」
「また剣呑な話題だな。聞くが」
「これって、見た目の話なのですか。いま学校に通う生徒でも、そういう趣味を持ったりするものなのですか?」
「……いや、そうではないな。高校を卒業して、学校制服というものが縁遠くなってから、初めて認識する嗜好の筈だ」
「ふむふむ。つまり、今はないものへの追慕――かつての記憶と、結び付けているということですね」
「そうだな。……制服とは学生時代、そして青春の象徴。学生時分にやりたかったこと、出来なかった諸々のことを、想像、或いは妄想のうちで追体験する。そういう機縁として、学校制服というのは、確かに重要な要素であると――」
「にやにや」
「――しまった、罠か!」
「制服について熱く語る先輩、頂きました」
「く……」


◆【20141026】
「秋も、深まって参りましたね」
「冬へと移り変わり始める、一歩手前のあたりだな」
「ですね。秋を謳歌するのなら、そろそろ焦る時期かも知れません」
「スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋と、各種取り揃っているが」
「秋にかこつけて、好き放題というわけですか」
「まあ、そうとも言える」
「つまり、先輩の秋!」
「……一応聞いておくが。その概念においては、秋に肖って何をするんだ?」
「差し当たっては、先輩の布団に潜り込んだりします。秋だから」
「……秋だから?」
「それはもう。秋だから」


◆【20141027】
「来ますよ。これは来ますよ」
「うむ。……」
「……」
「……!」
「おわあっ!?」
「今のは、中々に破壊的だったな」
「はいっ。かなり、かなり近かったんじゃないでしょうか!?」
「うむ。空が鳴った震動が、腹の底に響くかのようだった」
「ですよねっ。……!」
「視界一面、紫色に――」
「――そしてドーンッ!」
「またもや、近い」
「うん、うん。……秋の夜の雷は、やっぱり乙なものですよ」
「酒も進むというものだ」
「今ばっかりは、先輩が羨ましいです」


◆【20141028】
「異性との出会いを求めようと思ったら、やっぱりあれですかね。口に食パンを咥えながら、『遅刻遅刻』と」
「或いは、特に疲れていなくとも、『かったりいな』などと呟いてみるとかな」
「最近ですと、妙な名前の部活動に入ってみるのも良いかも知れません」
「なるほど、時代の趨勢か」
「それにしてもですよ、先輩」
「どうした」
「……パンを咥えながら喋るのって、結構な特殊技能だと思いません?」
「腹話術師か、テレパシストか……」


◆【20141029】
「コンビニで、買い物をしていたのだが」
「はい」
「棚を整理している店員が、何か、ふわふわしたうさぎの尻尾を生やしているように見えてな。これは! ……と、何やら緊張してしまったのだが」
「……あの、先輩?」
「よくよく考えてみれば、はたきを尻ポケットに差しているだけだったのだな。……見間違えというのはあるものだと、改めて思い知らされた一幕だった」
「……たまに。先輩が、すごく遠くにいらっしゃるように感じることがあるのですけど」
「うむ」
「それが、今です」


◆【20141030】
「……」
「……」
「……ん」
「……む」
「ねえねえ先輩」
「どうした?」
「秋の夜長に、読書タイムも良いですけれど……」
「うむ」
「ここはひとつ、四方山話でもしましょうか」
「敢えて『する』という類のものでも、ないような気はするが」
「四方を山に囲まれた、平和な村に起こる惨劇――」
「――文字通り!」
「よもや!」
「よもや!?」


◆【20141031】
「悪戯してもいいですか」
「今、何と」
「ついでにお菓子も頂きたいのですけれど」
「身ぐるみ剥がす勢いか」
「折角ならば、悪戯なお菓子が良いですね」
「うなぎパイの類だな」
「……ふーむ」
「どうした」
「いえ。私は一体、先輩にどういうアンサーを求めていたのか、ちょっと考え込んでしまいまして」
「ネタ中に、だしぬけに素に戻るんじゃない」

「しかしまあ、『トリック・オア・トリート』の改変も、大概に出尽くしたような気がするな。最早、独自色を呈するのは難しいのではなかろうか」
「あー、ですかねえ。……一応、お菓子に悪戯、という方向性も思い付きはしたのですけど」
「つまり?」
「こう、痺れ薬をですね」
「悪戯どころの騒ぎじゃないぞ……」


◆【20141101】
「生きていれば、何かに首を傾げる機会もあるな」
「そうですね。自分の頭で、考えることをやめない限り」
「懊悩し、困惑したとしても、仕方ないこともあるだろう。余りに首を傾げ過ぎれば、いずれ……」
「いずれ?」
「ごとり」
「落ちたっ!?」
「ごろごろ」
「転がったっ!?」


◆【20141102】
「時間と金は、有限の資源だ」
「ふむむ」
「何を行うか、何を手に入れるか。一つの何かを選ぶならば、他の何かを諦めなければならないこともあるだろう」
「当たり前と言えばそうですけれど、見落としがちな真理です」
「うむ。……高級外車が欲しいなら、買えばよかろう。煙草が吸いたいのなら、吸えばよかろう。だが――」
「――両方というのは、きっと難しい。それが、当たり前な取捨選択の結果というもの……、ですね」
「ああ。そして俺には、高級外車は必要じゃない。……ま、煙草も殆ど吸わないけどな」
「じゃあ、先輩が。他の何かを割いてまで、欲しいと思ったものは何ですか?」
「君と過ごす時間、だろうか」
「……とっ、……遠回しな告白でした?」
「うむ」


◆【20141103】
「先輩、こんばんはー」
「ああ。いらっしゃ……」
「……」
「……」
「……って、無言でドアを閉めようとしないでください!?」
「すまん。冗談だ」
「先日、先輩があんなことを仰るから、覚悟を決めて着けて来たといいますのに」
「一体、どこで手に入れるんだ。その、うさぎ耳のような如きは」
「結構、普通に売られてますよ?」
「割と恐ろしい事実だな……」


◆【20141103-2】
「ちなみに、先輩。こういうコスプレグッズ的なものは、お嫌いですか?」
「正直に言えば、割と好きだな」
「おや、思いがけずも即答?」
「ましてや、君が着けているものならば」
「自爆でした!」
「可愛い」
「う……」


◆【20141104】
「旅先で眺めた景色、ライブハウスで感じた熱気。……非日常の風景は、ただ一時の幻想か」
「先輩?」
「あれほど楽しかった瞬間でさえも、数日経てば、ぼんやりとして覚束ない。最早、はっきりとは思い出せない。本当にあったのだろうかと、疑いすらしてしまう。……儚いものだな、と」
「ん……」
「何だろうな」
「風景、光景――なんて。風も光も、長くは留まらないものなのですね」
「そうだな……」
「でも、先輩」
「ああ」
「たとえ、記憶が。その映像が薄れて消えて、もう思い出せないとしても。『楽しかった』と、そう思ったことだけは、ずっと覚えてるものだと思うのですよ」
「……」
「ですから、きっと。残り香みたいな、そういう想いの欠片をよすがにして、もう一度非日常を探すのだと思います。何度だって繰り返して、明日に繋がってゆくのだと思います」
「……なるほど。明日に繋がってゆく、か」
「――って、思い付きみたいなものですけれど」
「いや、いい考えだと、感心していた。……前のめりなぐらいで、丁度良いのかも知れないな」
「ん。ですね」
「旅行にも、また行きたいものだ」
「その時は、是非」
「うむ」


◆【20141105】
「ね、先輩」
「ああ」
「揺れる水面は、かたちがなくて。距離もなくて、場所の基準もなくて。留まらなくて、どこにいるのさえ知らなくて」
「……」
「そんな水面が、自分のかたちを手に入れて、自分の居場所を知ることができるとしたら……それは、岸辺に触れているときだけだと思うのです」
「なるほどな。そういう理屈も、あるのだろうが……だが、そもそも岸辺は、水なくしては存在しない。水面に触れていない限り、それは岸とは呼ばれない。規程されない」
「じゃあ、……これは、きっと。素敵で、幸せな関係なのですね」
「うむ。違いない」
「だから、先輩――」
「ああ」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしく頼む」
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