彼:
男性。二十三歳。
焼き鳥屋のメニューに湯豆腐があると、無性に嬉しくなってしまう性質。

後輩:
女性。十五歳。
焼き鳥では豚ばらが好きだが、邪道な気がするので誰にも話していない。


◆【20140924】
「涼しくなってきましたねー」
「うむ。いよいよ秋めいてきた」
「そろそろ、先輩が暖かい季節です」
「暖房器具……いや、風物詩扱いか」
「あはは。四季折々の先輩」


◆【20140924-2】
「ただ、気温が下がっただけではなくて。湿った風のにおい、薄いベールを通したかのような、虚ろな青空。――夏のそれとは、根本的に別物で」
「ああ」
「呆気ないぐらい早く落ちてゆく陽と、宵闇過ぎの肌寒さ。わけもなく人恋しくなって、わけもなく懐かしさがこみ上げてきて」
「ふむ……」
「これが、秋なんだなと。こういうのを、秋になったというのだなと。……何となく、そういうことを思っちゃったりしたのです」
「なるほど。秋か」
「はい。秋です」
「仕方がないな、秋ならば」
「仕方ないのです、秋だから」


◆【20140926】
「新しいプロポーズを思いつきました」
「拝聴しよう」
「つまり、こうです。『これから毎朝、僕の為に――』」
「ふむ。古式ゆかしい……」
「『――メイド服を着てくれないか』」
「……病んでいる!」


◆【20140926-2】
「あるいはプロポーズと見せかけて、本当に味噌汁を作ってほしいだけ、ですとか」
「それは実際、分からんでもない」
「おお?」
「インスタントに慣れ切った胃には、きちんと出汁を取った味噌汁は、霊薬めいて染み渡るものだからな」
「なるほど。……じゃあ、作りましょうか? お味噌汁」
「……どっちの意味でだ。それは」
「ふふふ。先輩の、お好きな方で」


◆【20140927】
「運命、という言葉があるな」
「前もって定められている、人の命のみちゆきのことですね」
「うむ。そして、運命に逆らう、という言い回しもある」
「……ですけど、先輩。考えてみれば、ちょっとおかしな話です。もし本当に運命というものがあるのなら、誰かが『運命』なるものを知って、それに抗おうと励むのも、結果『運命』を変えるのも……」
「もとより、筋書き通りである筈だ、と」
「そういうことです。『運命』を変えるという運命」
「ならば或いは、後付けの価値なのかも知れないな。『運命だと思うことにする』と」
「あはは、健全ですね。……つまりこう、箱を作って、片方には『偶然』と、片方には『運命』と」
「なるほど。整理整頓するわけか」
「ですです。たまに取り出してみて、やっぱりこれは『偶然』かな、とか」
「繋げたら、実は『運命』になっていた、とかな」


◆【20140928】
「ハイボールと共に唐揚げを食すのは、勿論、おかしなことではあるまい。だがそれは所詮、カレーライスと水程度の、敢えて取り立てるべきでもない取り合わせではなかろうか」
「……えっと」
「ましてやそれを、まるで通の食べ方だとでも言うような。或いはそうせぬことが、流行に乗り遅れているとでも言うような。そういう宣伝の仕方は、芋臭いと言わざるを得ん」
「先輩って。たまに、よくわからない怒り方をなさいますよね……」


◆【20140929】
「蚊取線香、中途半端に残っちゃいましたね」
「うむ。まあ、一年ぐらいは持つのだろうが……しかし、たった二枚とあってはな」
「折角ですし、焚いちゃいますか?」
「それがよかろう。夏炉冬扇的ではあるが」
「こういう無駄な部分から、新しい文化が生まれて来るのかもですよ。……我慢大会とか」
「何という、文字通りの夏炉冬扇」


◆【20140930】
「何時の間にやら、終わっていたか」
「ですね。次も、エレクトロニカで構いませんか?」
「任せよう」
「では、ぽちっと」
「……しかし、今はともかく。一人でいるときは、音楽が止まっている時間というのは、何やら落ち着かぬものだよな」
「あー、はいはい。イヤホンをしていると、特にそう感じますよね」
「喩えるならば、飲み屋で手元に酒が無い瞬間の如く」
「上手い表現なのかどうか、絶妙に判断しづらいところです……」


◆【20141001】
「そろそろ、紅葉狩りの季節でしょうか」
「うむ。そうだな」
「罠の免許だけなら、結構簡単に取れるらしいですよ。一頭単位で、報酬金も出るみたいです」
「そっちの紅葉か……」


◆【20141002】
「おお、スーツでお仕事だったのですね。めずらしい」
「うむ。クライアントとの顔合わせでな」
「なるほど、お疲れ様です。……えっと、折角なら、あれやりませんか?」
「ふむ」
「『実は元ボクサーの執事が、あるじの敵と戦う為にネクタイを緩める仕草』」
「何だその、マニアックな設定は」
「私は好きですよ?」
「そ、そうか……」


◆【20141003】
「ただい……死んでいる」
「……」
「慌てるな。落ち着いて、状況を整理しなくては」
「……」
「先ずは、コーヒーでも淹れるとするか」
「……」
「二つ買って来た、チーズケーキは残念だったが――」
「――その時、奇跡が起きましたっ!」
「そいつは良かった」
「おかえりなさい、先輩」
「うむ。ただいま」


◆【20141004】
「先輩が先輩で、良かったなって思うのです」
「俺が俺で、か」
「はい。あの日、オレンジ色の景色の中で、私に『先輩』ができたときから――」
「ああ」
「――成績上昇、金運アップは当たり前。素敵な恋人もできて、腰痛肩凝りともおさらばしました。十五歳、高校生」
「……。何やら、『効果には個人差があります』のような言い回しだが」
「そりゃ、もちろんですよ。だって先輩は、私だけの先輩なのですから」
「割と上手いことを言われた気がするな……」
「ついでにですけど。『素敵な恋人』のあたりにも、反応して欲しかったりとか」
「察してくれ」
「あはは。りょーかいです」


◆【20141005】
「今晩は、焼き魚にするか」
「おお、良いですね」
「やはり秋刀魚だろうか」
「秋と言えば、ですね。特売でもあるのですか?」
「いや、そういわけではないが。君が焼き魚を食べる姿を、暫く振りに見たくなってな」
「あの。先輩」
「何だ?」
「……真顔で、割と凄いことおっしゃってませんか、それ?」


◆【20141006】
「すごいことに、気付いてしまったのです」
「藪から棒に、どうした」
「『煙草や酒が、死のリスクをいくら高める』って、よく言いますよね」
「真偽はともあれ、ありがちな言い回しだな。啓蒙ポスターなどで」
「……それって、つまり。煙草や酒に手を出さなければ、死なないってことですか?」
「――なんという、慧眼だ。俺は手遅れになってしまったが、君ならば……」
「はいっ。目指してみましょう、永遠の命……!」
「……というような皮肉は、まあ、程々にしておくべきかもな」
「先輩も、煙草とお酒は程々に」
「う、うむ」


◆【20141009】
「いつものように先輩の家に遊びに来た私を出迎えたのは、先輩が何か綿のようなものに、繰り返し繰り返し針を突き刺しつづけている光景だったりしたわけですが、何、このサイコホラー」
「全世界の羊毛フェルトファンを敵に回しかねぬ表現があったような気がしたが、敢えて俺も否定はすまい」


◆【20141009-2】
「なるほど、こうやって作るマスコットなのですか」
「うむ。……そもそも羊毛は、摩擦や振動を受けると絡み合い、離れなくなるという性質を持つ。つまり固く収縮し、フェルト状になるというわけだ。だからこうやって、ニードルの先端にある棘で……」
「あ、ほんとだ。七支刀みたいになっているのですね」
「喩えはあれだが、まあ、そうだ。この枝によって羊毛に摩擦を与え、強引にフェルト化させる。これが、基本的な原理だな」
「ふむふむ。確かに、そう思ってみてみれば……」
「ああ」
「……ところで先輩。この、奇妙な四足のクリーチャーは、一体?」
「……犬だ」
「……ホラーモンスターではなく?」
「……目下、練習中だ」


◆【20141011】
「先輩、大丈夫ですか?」
「ふむ」
「いえ。顔が、悪いような気がいたしまして」
「何という、辛辣」
「冗談です。顔色が、悪いような気がいたしまして。……先輩のお顔は、いつもいつでも、よろしいと思っていますから」
「体が重いのを報告すべきか、容姿について褒められたのを気にするべきか、何やら微妙なところだな……」


◆【20141013】
「眠い……鬼のように眠い。鬼眠い」
「そうか」
「鬼眠くないですか、先輩」
「果たして、鬼とは眠いものなのだろうか。それをはっきりさせる前には、君を寝かせるわけにはいかないな」
「鬼は、先輩だったという落ちですかー……」


◆【20141014】
「台風の直撃だっていうのに、なんで休校にならないんですかー」
「何やらにして、大胆な物言いだ」
「せっかく台風が来たからには、平日から引き籠って、買い込んだお菓子を食べながら過ごすのが、風流ってものだと思うのですよ」
「……分からんでもないが。また随分、限定的な雅だな」
「むうう」
「まあ実際のところ、暴風警報の有無のみを以て、登下校の危険度を定めるというのは、おかしな話ではあるのだろうか」
「さては先輩、お菓子だけに」
「冷静な判断力を失っているな……」


◆【20141015】
「この前、コンビニの店内放送で聞いたのですけど……」
「うむ」
「『対象商品を買った方』。何か、面白くないですか。かったかた」
「矢鱈目鱈、語感が良いな」
「こう、かったかたにしてやるぜ! みたいな」
「何らかの商品を、強いて購入させるというわけか」
「ですね。羽毛布団とか」
「浄水器とかな」
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